なでしこが“あえて”選んだシビアな戦略 劣勢の中で見せた「勝つための知性」

江橋よしのり

呼び込んだチャンスを生かして決勝ゴール

右サイドに走り込んだ川澄の低く速いクロスから決勝ゴールが生まれた 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

 アディショナルタイムも残り1分。中盤でこぼれ球を拾っては拾われ、というプレーがいくつか続いた後、熊谷紗希から川澄奈穂美へパスがつながる。「ボールを奪った熊谷選手が一瞬の判断で、横にいる有吉選手じゃなく、前にいる私に当ててくれた」と川澄。熊谷の隙のなさと、川澄のポジショニングのうまさが、なでしこにチャンスを呼び込んだ。そしてこの瞬間から、駆け引きの先手と後手が入れ替わった。

 川澄がボールを受けると、相手SB(クレア・ファラティ)が下がっていった。もし食いついてこられていたら、川澄は1人で前に仕掛けるのでなく、周りを使うプレーを選択しただろう。同時に中央では大儀見と岩渕が、ゴール前めがけて全力で地面を蹴っていた。

「中に2人(大儀見と岩渕が)いたので、絶対にクロスを上げよう!」。そう決めた川澄が速いボールを折り返す。浮き球ではなく、大儀見の走り込む先に合わせた低いボールだ。大儀見が触る前にいち早く、DFバセットは必死で足を伸ばした。だが渾身のクリアは、クロスバーに当たってインゴールにたたきつけられた。

涙を抑えることのできないバセット

オウンゴールを献上したバセット(右)。試合後、失意のあまり健闘をたたえ合う輪の中に入れなかった 【Getty Images】

 なでしこがこの日選んだのは、劣勢な展開でも勝ちを拾うためのシビアな戦略だった。宮間の言う「勝ちたい気持ち」は、「勝つための知性」と言い換えていい。この結果、なでしこジャパンは2011年ドイツW杯、12年ロンドン五輪に続いて、世界大会3度目の決勝に駒を進めた。対戦相手は、やはり3大会連続で米国だ。決勝戦は7月5日(日本時間6日)、バンクーバーで行われる。

 戦いを終えて、両チームは互いに健闘をたたえ合った。だがバセットは、その輪に加わることができなかった。ベンチで頭からタオルをかぶり、涙を抑えることのできない彼女に、ノブスが優しく寄り添う。彼女の心に雨が降るならば、せめて私が傘になる。ノブスは肩を差し出し、バセットを一足早く悲しみから遠ざけるために、ロッカールームへと向かい始めた。そこにFIFAの女性スタッフ2人が歩み寄り、短い言葉をかける。4人の女性は並んで歩き、ゲートの向こうに消えていった。

 試合後の記者会見を取材し、メディアルームでいくつかの原稿を書き終えると、現地は夜の11時を回っていた。日の入りが遅いこの季節のエドモントンの空も、すっかり暮れていた。ふと顔を上げると、この日、7月1日のカナダ建国記念日を祝う花火が、遠くに打ち上げられていた。

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著者プロフィール

ライター、女子サッカー解説者、FIFA女子Players of the year投票ジャーナリスト。主な著作に『世界一のあきらめない心』(小学館)、『サッカーなら、どんな障がいも越えられる』(講談社)、『伝記 人見絹枝』(学研)、シリーズ小説『イナズマイレブン』『猫ピッチャー』(いずれも小学館)など。構成者として『佐々木則夫 なでしこ力』『澤穂希 夢をかなえる。』『安藤梢 KOZUEメソッド』も手がける。

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