sportsnavi

鎧坂哲哉が初めてつかんだ世界への切符
自ら志願した距離走なしの練習が奏功
男子1万メートルを制した鎧坂哲哉。日本選手権初優勝とともに、初めての世界への切符を手に入れた
男子1万メートルを制した鎧坂哲哉。日本選手権初優勝とともに、初めての世界への切符を手に入れた【写真は共同】

 両手の拳でガッツポーズを作り、鎧坂哲哉(旭化成)は男子1万メートルのゴールラインを28分18秒53という記録で走り抜けた。それは、166センチの小柄なスピードランナーが、日本選手権(新潟・デンカビッグスワンスタジアム)で初優勝を飾り、念願だった世界選手権(8月22日開幕、中国・北京)代表の座をつかんだ瞬間だった。

代表争いはみつどもえの戦い

 男子1万メートルは、世界選手権への選考基準となる参加標準記録(27分45秒00)を突破した選手が3人いた。昨年11月の記録会で27分38秒99をマークし、最初に代表候補に名乗りを上げた鎧坂、チームの後輩で、5月のゴールデンゲームズinのべおか(宮崎・延岡)を27分39秒95で制した村山謙太(旭化成)、そして、同レースで27分42秒71をマークし2位になった設楽悠太(Honda)である。


 3人とも、箱根駅伝など学生時代からエースとして活躍してきた実力者たち。この3年間、この種目でワンツーを飾っていた佐藤悠基(日清食品グループ)と大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)がともに欠場したこともあり、文字どおり世界行きを懸けたみつどもえの争いとなった。


 雨上がりの蒸し暑さの中、レースはペースメーカーのウィリアム・マレル(Honda)を先頭に、スピードレースの様相を呈した。マレルは最初の1周(400メートル)が1分4秒、1000メートルも2分41秒で突っ込み、集団はあっという間に縦長になっていく。


 鎧坂も「最初はあそこ(先頭)まで行ってもいいかな」と思ったという。しかし、初の世界選手権への切符が懸かった大舞台でも、鎧坂は冷静だった。マレル、上野裕一郎(DeNA)で形成された先頭集団を追走はせず、すぐ後ろの集団で設楽らと走り、体力を温存した。


「突っ込んで後半に失速するよりは、自分のペースをしっかり考えてやらないといけないと思いました。ここで勝たないと世界選手権もないと思ったので、最初は抑えました」


 5000メートルを先頭から約10秒差の14分2秒で通過。余力を十分に残していた鎧坂は、ここから「後半はしっかり走りたいと思っていた」という狙いどおり、追走を始める。6000メートル手前で先頭集団を捉えると、並走することなく一気に独走態勢に入った。


 勝負だけを考えたら、最後まで先頭集団について、持ち前のスピードで最後に差すという展開も考えられた。しかし、「一人になって走れないことも多かったですし、今まではついていってラスト勝負ということが多かったので、新しい自分探しではないですけれども、そういった意味で」(鎧坂)と、あえて前に出た。そこからは、持ち味である大きなストライドでぐんぐんと後続との差を広げると、終盤に入ってもただ一人、疲れを感じさせない軽やかな足取りで、2位の設楽に13秒近い差をつけゴールラインを駆け抜けた。

距離走をやらないという選択

あえて「距離走」を積まず、スピード練習に注力したことが、世界で戦う意欲の表れなのだろう
あえて「距離走」を積まず、スピード練習に注力したことが、世界で戦う意欲の表れなのだろう【写真は共同】

 圧倒的な走りができた要因は何だったのか。レース後、鎧坂が語ったのは、自らの希望で、長距離選手にとって基本的なトレーニングである「距離走」をあえてやらないという選択だった。


「去年までは旭化成の練習を基本にやっていましたが、今年からは自分のやりたいこと、スピード練習を中心として、距離走はまったく入れずに練習しました。今までやらなかった速さでのスピード練習と、2月からは本格的に体幹や筋トレに取り組みました」


 2月の間はさまざまな体づくりの方法を試し、走っての練習といえばジョグのみ。1カ月間、本格的に走る練習を積まないことには「怖さもあった」と言うものの「3月、4月と(レースに向けた)練習をしていくにつれて、しっかり練習がこなせていたので、あまり気にはしなかった」と淡々と答えた。


 昨年のうちに参加標準記録を突破していたこともあり、鎧坂はこの半年間、日本選手権に照準を絞って研鑽(けんさん)を重ねてきた。自らの意思で距離走を外し、スピード練習に注力したのも、必ずや優勝して世界で戦うという強い気持ちの表れなのだろう。


 今後は欧州の大会で5000メートルのレースに出る予定。その中で昨年マークした自己ベスト(13分29秒03)を更新し、北京に乗り込むつもりだ。「何年も前から勝負したいと思っていた」という鎧坂がつかんだ世界挑戦のチャンス。自ら考え、導き出した練習の本当の成果を発揮するのはこれからだ。


(取材・文:小野寺彩乃/スポーツナビ)

スポーツナビ