“カシアスJr”内藤が荒川戦で見せた武器=世界の頂を狙うにはスピードか、強打か

船橋真二郎

新旧技巧派対決は内藤に凱歌

実力者・荒川仁人との新旧技巧派サウスポー対決を判定で制した内藤律樹 【スポーツナビ】

 注目の技巧派サウスポー対決は、よく言えば熱戦、より正確に記せば最後までペースがどちらとも定まりきらない混戦となった。6月8日、東京・後楽園ホールで23歳の日本スーパーフェザー級王者・内藤律樹(E&Jカシアス)と33歳の元東洋太平洋、日本ライト級王者にして元WBC世界ライト級1位の荒川仁人(ワタナベ)がライト級10回戦で拳を交えた。

 内藤は沢木耕太郎のノンフィクション「一瞬の夏」の主人公である元OPBF東洋太平洋ミドル級王者カシアス内藤の長男で、高校3冠からプロ転向後、12勝5KOと全勝街道をひた走り、日本王座を3度防衛中。一方、荒川はアメリカで世界に挑戦し(暫定王座決定戦)、ラスベガスのリングに立った経験も持つ。新旧の実力者はフルラウンドを戦い抜き、公式のスコアは98対92、97対93、97対94の3−0で内藤に凱歌が上がったが、新旧交代を明白に印象づける内容とはならなかった印象だ。

スピードよりも強いパンチ

荒川の状態を起こして下がらせたい内藤がこだわった左アッパー 【スポーツナビ】

 内藤の売りはスピードと柔軟なボディワークを駆使したディフェンス技術。昨年2月に日本王者となって以降、このベースに攻撃力をプラスしようと取り組み続けている。この日は、そのプラスの部分により軸足を置いて戦ったように見えた。スピード差を埋めようと距離を詰め、ボディからの攻めでプレスをかけた荒川の「スタートから思ったよりも距離が近かった」という述懐が示すように内藤はほとんど足を使わずに迎撃の構え。象徴的だったのが早々に内藤がバッティングで眉間をカットしたこと。右ジャブで先に顔面をはじいた荒川が内藤の機先を制して、両者の戦いは幕を開けた。

 この日の内藤にはいつものスピードが感じられない。プロでは初のライト級で調整した影響があったかと試合後に確認すると「動きは良かった」と内藤は否定。だが、続けて「パンチも(体重が)乗ってるなと感じたし」と言及したところに、強いパンチを打ち込みたいという心中が垣間見えた。内藤の試合前のプランはジャブでプレッシャーをかけ続け、荒川の上体を起こし、下がらせたいというもの。逆にジャブの先行を許した内藤が糸口を見いだしたのは2回終盤。ショートレンジのやり取りから突き上げた左アッパーが、浅いながらも荒川を捉える。ここから内藤がアッパーに傾倒していったことで、攻防はよりクロスレンジに集約されていった。

ボディワークで猛攻しのぐ

8Rにはコーナーに追い込みラッシュをかけた荒川 【スポーツナビ】

「結構アッパーが入るなと思ったから、正面に立ってしまった」
 後退を強いるつもりが「頭がぶつかるほど来た」という荒川の圧力をまともに受け「自分が(プレッシャーに)負けて、下がっちゃったのがキツくなった一番の原因」という内藤の自己分析どおりの展開に。4回に左アッパーで荒川をよろめかせ、さらに有効打で右目上をカット。明確にポイントを取った内藤は5回、今度は右アッパーで好機をつくる。手数でも内藤が上回り、ペースを掌握したと思われた。ところがラウンド終了間際、内藤の右フックに合わせた荒川の左フックがカウンターとなり、内藤の足がもつれる。辛うじてクリンチでしのぎ、ほどなくゴングとなったために事なきを得たが、時間帯が異なればキャリア最大のピンチとなっていても、おかしくなかったのではないか。

 6回もダメージを引きずる内藤に対し、荒川はチャンスを生かしきれない。ボディワークで外しながらタイミングと角度を探りあて、アッパー、ショートの連打につなぐ、局面ではセンスの良さを発揮する内藤にしても、敵弾の飛び交うクロスレンジに身をさらし続けることで、不安定感を拭いされない。8回にも根気強く上下のコンビネーションで攻め続ける荒川の左ストレートで内藤がふらり。再びピンチを迎えた内藤はコーナーを背負い、荒川の猛攻をボディワークでしのぎきった。最終盤は消耗戦の様相。9回、右フックで先手を取る荒川に対し、内藤が文字どおりに歯を食いしばって左右のアッパーで迎撃し、左ストレートでバランスを崩させて抜け出すと、最終回もジム移籍後の初戦に再起を懸けたベテランの背水の覚悟を内藤が押さえ込んだ。

「自分のキャリアにプラスになった」

スピードという最大の利点を捨てて、荒川戦に勝利した内藤。内山や三浦がひしめくSフェザー級の世界の頂を目指すために必要だったものは何だったのか!? 【スポーツナビ】

「キツかったです」という内藤の第一声は心からの実感だろう。苦しい試合にしてしまった一因が自らにあったことはわかっている。
「相手の土俵で戦ってしまった。今回は自分のボクシングをすることを一番の目標にしていたので、それができなくて残念」
 動きは良かったという弁を信じるなら、スピードという最大の利点を捨てて戦った、この日の試合ぶりに内藤の将来は見えなかった。5月上旬に続けざまに防衛戦を行ったWBA世界スーパーフェザー級“スーパー”王者の内山高志(ワタナベ)、WBC世界スーパーフェザー級王者の三浦隆司(帝拳)のいずれ劣らぬ痛烈なKO劇を見れば、世界のトップで戦う上で自身がどこで最も抜きんでなければならないかは自ずと見えてくるはずである。

「世界を経験している荒川さんの流れで最終ラウンドまで戦えたのは、自分のキャリアにプラスになったと思う」と内藤は前向きに捉えたが、それも確固としたベースがあってこそ、初めて生きてくるもの。
「今後も強い人とやりたいという気持ちは曲げたくない。そういうチャンスがあれば、海外でも、日本でも、スーパーフェザーでも、ライトでも、どこでもやる気はあります」
 強い意気込みを示した次戦以降、まずは原点に返って、内藤ならではのボクシングを見せてもらいたい。
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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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