- 内田暁
- 2015年5月26日(火) 11:52
世界が注目する若手の成長株

「9月第1週の週末は、日本のテニス界にとって、忘れられない日になるだろう」
昨年末、ATP公式ウェブサイトに掲載されたとある記事に、そのような言葉が記されていた。
文章は、こう続く。
「全米オープンで、ケイ・ニシコリが初のグランドスラム決勝進出を決めたわずか数時間後、ヨシヒト・ニシオカがATPチャレンジャー初タイトルを獲得したのだから」
日本テニス界が言及されたこの記事は、“2014年シーズンベストヤングプレーヤーズ:トップ200の10代選手”と題されたものである。西岡良仁(ヨネックス)は、日本のみならず世界のテニス界が注目する若手の成長株だ。
負けず嫌いを目いっぱいに詰め込んだファイター

ATP公式サイトの記事にもあるように、錦織圭(日清食品)と西岡の符合はいくつかある。例えば今年2月、西岡はデルレイビーチ国際選手権で予選を突破し、本戦でも2つの白星をつかみとった。デルレイビーチが、錦織が18歳の時にツアー初優勝した大会であることは、今や多くの日本人が知るところだろう。
ちなみにそのデルレイビーチでは、西岡以外にもタナシ・コキナキス(オーストラリア)とアンドレイ・ルブレフ(ロシア)という2人の10代選手が、2回戦に進出した。ATPツアー大会で、3人以上の10代選手が2回戦以上に勝ち上がったのは、実に2007年7月のインディアナポリス大会以来。8年前のインディアナポリスで躍進した10代選手たちとは、フアン・マルティン・デルポトロ(アルゼンチン)、エフゲニー・コロレフ(カザフスタン)、サム・クエリー(米国)、そして、錦織である。
錦織と西岡はこの他にも、盛田正明テニスファンドの支援で米国のIMGアカデミーに留学した足跡や、体格のハンデを頭脳と高い戦略性で補うプレースタイルなどの共通項がある。2人とも、自己分析が「負けず嫌い」であるのも似た点だ。
ただ両者が大きく異なるのは、錦織のテニス哲学の原点が「フォアでウイナーを奪う喜び」であるのに対し、西岡のそれは「ミスをしない」ことにある。
西岡は170センチの小柄な体に、負けず嫌いを目いっぱいに詰め込んだファイターだ。時おりその激しさがあふれ出し、叫んだりラケットを投げてしまうのは御愛嬌。ミスが少ない選手……というと、感情を表に出さない冷静な人物像が思い描かれるかもしれないが、西岡の場合は「ミスをする自分が許せない」という激情が、安定したプレースタイルのベースにある。
トップ10相手に見せた攻める姿勢

その西岡は、予選を突破し出場した今回の全仏オープン初戦で、第4シードのトマシュ・ベルディヒ(チェコ)と対戦した。初の全仏にして初のトップ10ランカーとの対戦、そして戦いの舞台は第2スタジアムの“スザンヌ・ランランコート”。初物尽くしに「ちょっと舞いあがり、緊張してしまった」19歳は、第1セットは1ゲームも取れずに失った。重ねたアンフォーストエラー(自ら犯したミス)の数は、7。これは彼にしてみれば、かなり多い数字である。
しかし第2セット以降、「場の空気や、相手の球に対しても少しずつ慣れてきた」西岡は、持ち前の粘りを発揮し、ラリー戦では互角に近い攻防を展開した。第2、第3セットとも終盤に突き放されはしたが、鮮やかなパッシングショットや小粋なドロップショットを決め、地元ファンの大喝采を浴びもした。
この敗戦で得た手応えと課題を、西岡は「長いラリーに持ち込み、相手のミスを誘うところまでは持っていけた。それでも最終的にはエースやウイナーを取られたので、ラリーの中で、もっと自分が主導権を握れるようになりたい」と明瞭に分析する。ちなみに第2セットと第3セットでのアンフォーストエラーは、7と9。ただこれは、リスクを負って攻めたが故の結果であり、第1セットのそれとは持つ意味合いが大きく異なる。
0−6、5−7、3−6のスコアは、数字だけ見れば完敗だろう。だが、トップ10相手に1試合の中でも見せた成長は、さらなる「日本テニス界にとって、忘れられない日」への希望を抱かせるに十分だ。