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世界で戦うために――服部勇馬の現在地
マラソン挑戦へ「今は弱点克服の時期」

自己ベストも表情は不満げ

2月の東京マラソン挑戦を表明しながらもケガで無念の欠場となった東洋大・服部勇馬。2020年の東京五輪で世界と戦うため、その道はまだ始まったばかりだ
2月の東京マラソン挑戦を表明しながらもケガで無念の欠場となった東洋大・服部勇馬。2020年の東京五輪で世界と戦うため、その道はまだ始まったばかりだ【写真:アフロスポーツ】

 右足アキレスけんの故障により、2月の東京マラソンを欠場した服部勇馬(東洋大4年)が、16日に横浜・日産スタジアムで行われた関東インカレ男子1部5000メートルに出場。13分52秒85の自己ベストで4位(日本人2位)に入った。

「(レースをけん引した)留学生についていくことも考えていましたが、全体的にレースの流れに乗れませんでした。日本人トップ争いもきっちり勝っておかなければならなかったですし、内容がすごく悪いレースだったと思います」


 今季は記録会を2本走っているが、勝負を狙うレースは1月の箱根駅伝以来約4カ月半ぶり。序盤から先頭に近い位置でレースを進められず、ラストのスプリント勝負でも松枝博輝(順天堂大4年)に敗れた。


 本人によれば体調の戻りは6割から8割程度で、レース勘も戻っていないとのこと。レースを振り返る本人の表情は不満げだった。

「練習を下げていては、世界に達しない」

 故障が癒え、本格的にトレーニングに復帰してから1カ月あまり。しかし今季は1500メートルでも自己ベストを更新しており、ここまで順調にメニューは消化できている。


 昨年の春との違いはやはりマラソンに向けたトレーニングを経験したこと。競技への意識や練習に変化が出てきたと服部は話す。

「発想が変わりました。前は練習でも自分のできるペースで行っていましたが、今は自分が練習に合わせてやっている感じです。例えばスピード練習のペース設定も(1キロ)2分50秒でやっていたものを2分40秒や45秒にしています。東京マラソンをケガで走れなかったのも自分の体が弱かったことが原因。練習のせいではないですし、練習(のレベル)を下げてまで出場していては、世界のレベルに達していけません。とにかく今は自分の体の強さをつけていくことが大事だと思っています」


 服部は昨年2月に熊日30キロロードレースで日本歴代3位となる1時間28分52秒の日本学生新記録を樹立。その時点ではマラソンのイメージはまだできないと語っていたが、半年後の夏合宿前に東洋大、酒井俊幸監督からの誘いを受ける形でマラソン挑戦を決断した。


 その理由を本人はこう語っている。

「2020年の東京五輪でのメダル獲得が自分の目標。そのためにはリオ五輪の選考会も経験しておきたい。準備の時間も考えると、ここから取り組まないと間に合わないと思ったからです」

マラソンのためジョグの動きから着手

 アプローチはかなり慎重だった。酒井監督はまず、マラソン練習ができるだけの体作りから着手。メイン練習の距離をただ増やすのではなく、体の軸を意識したフォームでジョグを行えるようにし、それを継続できることを目指した。


 服部は駅伝などのレース終盤、体が横ブレし、腰が砕けた走りになる傾向がある。距離の伸びるマラソンに対応するために、ジョグから動きを変えようと取り組んだのだ。

「マラソンで30キロの壁を越えていくためには、エネルギー効率のいい走りが求められます。そのためには走り自体を変えなければなりません。勇馬はマラソン挑戦を決めるまで、練習でそれほど距離を踏んでいませんでしたから、まずジョグを伸ばしていくこと。それを質の高い動きで行うことから始めました。内容的に見れば本格的なマラソン練習というものではなく、あくまでマラソン練習の準備段階だったと言えると思います」(酒井監督)


 一方で夏合宿中に40キロ走も2回実施している。そのタイムも満足するレベルだったが、それ以降はチームのほかの選手とほぼ同じメニューを基本とし、わずかに距離を伸ばす程度にとどめた。服部自身、「マラソン練習というより土台作りというイメージ」だとその時の練習を語っている。

加藤康博

1976年埼玉県生まれ。スポーツライター、ノンフィクションライター。国内外の陸上競技に加え、サッカー、ラグビー、アメリカンフットボールといった“フットボール全般”の取材をライフワークとする。スポーツだけでなく、「スポーツの周辺にある物事や人」までを執筆対象としている。著書に『消えたダービーマッチ』(コスミック出版)

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