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キューバで見えたグリエル騒動の背景
日本球界が理解すべき彼らの考え方

グリエルはメジャー行きを明言した

3月14日、首都ハバナで取材に応じたグリエル。この時もDeNAのホーム用キャップをかぶっていた
3月14日、首都ハバナで取材に応じたグリエル。この時もDeNAのホーム用キャップをかぶっていた【撮影:龍フェルケル】

 カリブ海に浮かぶ常夏のキューバを歩いていると、54年間断絶していた米国との関係が間もなく雪解けを迎えようとしていることを肌で感じることができた。


「将来、メジャーリーグでプレーしたい」


 キューバでプレーする10代の有望な野球少年たちは、そう口をそろえるのだ。社会主義国で、言論の自由がない当地において、そうしたセリフを聞くのは少し前まで想像しづらいことだった。


「俺はメジャーリーグに行くよ」


 そう明言したのは、ユリエスキ・グリエルだ。筆者が現地で話を聞いたのは、まだ一連の騒動が起こる前の3月14日。首都・ハバナのラテンアメリカスタジアムで、名門・インドゥストリアレスの中心選手としてプレーするグリエルに取材を申し込むと、質問を2つだけ受けてくれることになった。

騒動のきっかけは右太ももの負傷

――昨年日本で学んだことと、一番の思い出を教えてください。


「まず、素晴らしい経験をたくさんすることができた。日本の野球は非常に高いレベルにあり、特にピッチングの技術が優れていると感じた。一番の思い出は、日本でプレーできたことに尽きるよ。世界レベルにある日本がプレーする機会をくれたことに、とても感謝している。海外のリーグでプレーする経験は、俺にとって初めてだったからな」


 グリエルはベイスターズの帽子をベンチまで持ち込み、大事そうに飾っていた。そこで、質問をもうひとつぶつける。


――ベイスターズファンはあなたにずっとプレーしてほしいと思っています。メジャーリーグへの移籍も噂されますが、日本で生涯プレーしてもらえませんか?


 すると、グリエルの顔つきが変わった。


「いや、俺はメジャーに行く。キューバ政府が許可してくれたら、すぐにでも行く」


 包み隠さず、米国行きを口にしたのだ。


 翌日、騒動のきっかけが勃発する。国内リーグの試合中、グリエルは負傷交代したのだ。現地では試合後の記者会見は行われず、新聞に載る情報は試合経過くらいのため、けがの詳細は明らかにされていない。おそらく、この試合で右太ももを痛めたのだと思われる。

 ただし、以降も代打での試合出場は続けていた。そうした状況での突然の来日拒否は、メジャーとの移籍話がすでに水面下で進んでいるからではないか?

現地3/13キューバ国内リーグ、四球を選ぶグリエル

(撮影:中島大輔)

状況を理解した上での来日拒否

 確かに今年2月、メジャー球団は米国政府の許可なく、キューバ国外で永住権を持つ同国選手を自由に獲得できるように条件緩和された。しかし、キューバ政府は米国への選手派遣を認めていないのが現状だ。


 キューバ人選手がすぐにメジャー移籍を果たすには、亡命くらいしか手段がない。だが、グリエルの父親はキューバ代表の伝説的選手だった人物で、一家の名声を傷つける行動はとれないだろう。事実、グリエルはかつてメジャーリーグ公式サイトの取材に対し、「自分は合法的に行きたい」と話している。


 近いうちのメジャー移籍を実現させる“ウルトラC”が、ないことはない。今年2月、約37億4000万円の契約金でレッドソックスと契約を結んだ19歳のヨアン・モンカダは、この手を使った。アルゼンチンと米国の二重国籍を持つ女性と結婚し、キューバ政府からメジャー移籍の許可をもらったのだ。


 しかし、グリエルには昨年一緒に来日したラテン系美女のフィアンセがいて、「戦略結婚」は現実的でない……。

 グリエルはこうした状況をすべて分かっておきながら、突然の来日拒否をしたのだ。

中島大輔
中島大輔

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に野球界の根深い構造問題を描いた『野球消滅』(新潮新書)。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』がミズノスポーツライター賞の優秀賞。

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