夢の空間に変貌を遂げた新スタジアム=J2・J3漫遊記 AC長野パルセイロ

宇都宮徹壱

旧南長野をほうふつとさせるピッチとスタンド

ホームゴール裏の両サイドに造られた『テラス・デッキ』。芝生席のような感覚を味わえる 【宇都宮徹壱】

 それでは早速、新しい南長野をじっくりと鑑賞していくことにしたい。こけら落とし前日、メディア向けの内覧会で私がまず重視したのが、旧南長野で特に評価が高かったピッチのクオリティー、そしてスタンドからピッチまでの近さである。まずは前者について、長野が地域リーグの時代から芝の管理に携わってきた、千曲川リバーフロントスポーツガーデンの青木茂に語ってもらった。

「芝は旧長野と同じ、ケンタッキーブルーグラスです。(国内では)3種混合を採用しているスタジアムが多いんですが、混ぜてしまうと刈り方が違ってくるんですよね。パルセイロはポゼッションサッカーなので、ボールが転がりやすいような気配りはしています。まだ芝が完全に根付いていないので、今の段階では(100点満点で)65点くらいですかね。それでも美濃部さんからは『よくやった』と言っていただきました(笑)」

 芝の状態をどんな季節でも良好に保つために、スタジアムにはさまざまな工夫が施されている。その代表的なものが、両ゴール裏スタンドの下部、ちょうどグラウンドレベルの高さに設置された開閉式の通気口である。夏は芝が蒸れないように空気を送り込み、冬は冷たい風が芝を枯らさないように空気を遮断する。また、このスタジアムのスプリンクラーは、一度にフィールド全体に水をまけるのが自慢だ。前出の青木によれば「ポンプの容量とかパイプの太さに制約があるので、他では片面ずつしか水をまけないんですよ」とのこと。ここにも、芝の管理に対する設計者のこだわりが見て取れる。

 そんなピッチが間近で感じられるように、スタンドにもさまざまな工夫を確認することができる。ピッチからスタンド最前列までは、最短距離で11メートル。グラウンドレベルからの高さは1.2メートルに設計されている。そして最後列までの距離も30メートル以内に収めたので、2階席からでもピッチ上の臨場感は手に取るように伝わってくる。一方、個人的に感心したのが、ホームゴール裏の両サイドに造られた『テラス・デッキ』というスペース。ここは座席椅子ではなく板張りになっていて土足厳禁。観客は、クッションや座布団を持参して観戦することになる。

 スタジアムを案内してくれた長野市役所の轟誠係長(都市整備部 公園緑地課)によれば、このテラス・デッキのアイデアは、「芝生席でのんびり観戦できた、かつての南長野の雰囲気をどこかに残してほしいというサポーターの希望から生まれた」とのこと。確かに、何でもかんでも最新の設備にすればよいというものでもあるまい。そうした旧南長野の良さというものを、きちんと設計に取り込んでいるところに、いちサッカーファンとしても非常に好感が持てる。ちなみにこのテラス・デッキは、一区画4名で、お土産が付いて6000円。かなりお手頃な価格であると言えよう。

新スタジアムのマイルストーンとなるか?

「昔のロッカールームはこれくらい狭かったんです」と当時を懐かしむ土橋アンバサダー 【宇都宮徹壱】

 ピッチのクオリティー、そしてスタンドからピッチまでの近さが、旧南長野と比べてまったく遜色のないことは理解できた。一方で確認しておきたかったのが、寒冷地ゆえの対策である。長野市は盆地に位置しているため、シーズン終盤となるとかなり冷え込む。また、新潟ほどではないにせよ、やはり積雪への対応も求められよう。実はあまり目立たないところで、快適なスタジアム観戦の工夫がなされている。

 そのひとつが『エコスクリーン』。これは、スタジアムの外壁に用いられている有孔折板(ゆうこうせっぱん/孔をあけて折り曲げられた金属製の板)で、外からの風の6割をカットすることができるという。また、エコスクリーンは単なる風よけだけではなく、スタンドから発せられる歓声やナイトゲームでの照明が外に漏れなくするという、地域住民への配慮にも一役買っている。もうひとつ、個人的に注目したのが屋根の形状。横から見るとゆるいV字形となっており、屋根に積もった雪をV字の底に集めて回収する仕組みになっている。「こうすることで、屋根にツララができることはありません」と轟係長。なるほど、これなら昨年のような大雪が降っても、観客の安全はしっかりと確保することができそうだ。

 なお、バックヤードも非常に充実していて、広々としたロッカールーム(土橋によれば旧南長野の4倍はあるそうだ)、JADA(日本アンチ・ドーピング機構)からもお墨付きをもらったというドーピングルーム、そして皇室の観覧にも対応できるVIPルームなど、およそJ3クラブのスタジアムとは思えないほどである。「ここならFIFA(国際サッカー連盟)の公式戦も開催可能です」と関係者は胸を張る。だがその点については、いささかの疑義を述べておきたい。これだけ最新の設備を誇りながら、メディア用のWiFiがないのはどうしたことか。また記者席の電源プラグが、他のスタジアムに比べて圧倒的に足りていないのも気になった。5月28日には、このスタジアムでなでしこジャパン対イタリア女子代表の親善試合が予定されているが、現状のままではプレス席は電源の奪い合いになること必至である。ぜひとも改善を求めたいところだ。

 とはいえ新しい南長野が、プレーヤーにとっても観客にとっても、非常に素晴らしい夢のような空間であるという事実に変わりはない。と同時に、今後国内で新たなスタジアムが建設される際には、この南長野はマイルストーンの役割を果たすことだろう。今年の秋に完成予定のガンバ大阪の新スタジアムは、4万人収容で総予算は140億円、工期は20カ月以上がかかると見られている。それに対して南長野は、1万5000人収容で予算が80億円、工期は14カ月だ。充実したスペックももちろんだが、こうしたスタジアム建設のコストに関しても、これから新スタジアムを考えているクラブや自治体にとって、南長野の事例は非常に参考になるような気がする。

 かくして、夢の舞台は整った。あとはチームが結果を出すだけである。くしくもこけら落としがあった22日、かつてのライバル松本は清水エスパルスとのアウェー戦に1−0で勝利し、J1になって初めての勝ち点3を手にしている。明暗を分けた11年のシーズンから4年、両者のポジションはすっかり開いてしまった感は確かに否めない。それでも、かつて信州ダービーを取材した経験を持つ身としては、この南長野がオレンジ(長野)とグリーン(松本)で埋め尽くされる光景を、ぜひ見てみたいものだ。それも、できるだけ近い将来に。

(協力:Jリーグ)

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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