Vリーグ、男子の躍進を支えた外国人監督 通訳が語る指導方針とチームの変化

田中夕子

選手にも言葉や文化の理解を求める

豊田合成のアンディッシュ監督は選手にも言葉や文化の理解を求める 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 どちらかと言えば「静」のイメージが強いヴコヴィッチ監督に対し、アンディッシュ監督は「動」の人。試合中も練習中も事あるごとに顔を真っ赤にして、容赦なく選手たちを怒鳴りつける。

 ヴコヴィッチ監督と同じく、繰り返すミスや意図を感じさせないプレーをするたび、アンディッシュ監督の雷が落ちるのだが、その矛先は選手だけに限らない。今シーズンから通訳として帯同する生駒信一郎氏も「数えきれないぐらい怒られた」1人だと言う。

 中学、高校とバレーボール部に在籍。卒業後もクラブチームでバレーボールを続け、社会人になってアパレル関係の仕事に就いてからも、カナダへ留学した際も趣味でバレーボールを楽しんできたと言うように、バレーボールには精通している生駒氏。だが、通訳としてのキャリアは豊田合成が初めて。模索し、良かれと思った行動もアンディッシュ監督からは容赦なく叱責(しっせき)された。

「練習中に監督が話した言葉を同時通訳したら、『何やっているんだ』と怒られるんです。『それじゃあお前の言葉しか聞かないだろう』と。アンディッシュはどんな時でも自分の言葉で選手と話したい人なので、極論を言えば、僕に望むのは『自分の言葉を訳す』ことではなく、『自分の言葉を聞き取れるぐらい、選手の英語力を底上げすること』なんだと思います」

 外国人監督が就任すると言われても、当初は選手の大半が「どうせ通訳が入るんだから」と思っていた。しかし、クリスティアンソン監督は「言葉や文化の違う監督が就任したなら、監督だけでなく選手も、互いにその言葉や文化を理解しようとすることはプロとして当然のこと」と考え、常に選手とは英語でコミュニケーションを図る。

 つまり、極論を言えば「選手が自分の言葉を理解できるならば通訳もいらない」という発想だ。とはいえいきなり選手の英語力が上がるわけではない。通訳を入れるか、入れないか、試行錯誤を繰り返したが、会社からも監督からも「会社員なら英語ぐらい喋れなくてどうする」と一蹴された。チームが強くなるため、さらには会社員として最低限の英語力は身につけるべき、という会社の方針で、オフシーズンから選手たちに英語を学ぶ機会を与えた。生駒氏が通訳に就任してからも日常会話や簡単な文法、バレーボールに用いる言葉を中心にした英会話教室を定期的に行い、選手たちの英語力の底上げに努めた。

ダメだと思うことがあれば言い続ける

 Vリーグだけでなく、高校や大学など日本の指導現場の多くが、一度言われたことは「言われなくても察しろ」とされがちだが、アンディッシュ監督はその真逆を行く、と生駒氏は言う。

「たとえ100万回でも、気づいたこと、ダメだと思うことがあれば言い続ける。『昨日も言ったんだから分かるだろう』ではなく、『昨日も言ったのになぜ分からないんだ』。それだけ言われ続ければ、さすがに選手も自分の何がいけないのか、どうしなければならないのかを考えるようになる。そうやってプラスの方向に導いて行く力を持った人です」
 数々の代表チームやクラブチームで指揮を執った監督が就任すると聞き、当初は選手も、そして通訳1年生の生駒氏も「きっと高度な戦術を提示するのだろう」と想像していた。もちろんブロックとレシーブ、フロアディフェンスの概念や細かな戦術など想像に違わず、求められるもののレベルは高い。だがその一方で、入団したばかりの若手選手に対しては、サーブレシーブのフォームや動き方、学生時代にも指導されなかったような細かなこと、プレーの1つ1つを見逃さず、つきっきりで指導する。

プロになるための技術や発想力を植え付ける

アンディッシュ監督の指導を受け、豊田合成の選手たちには確かな変化が見られる 【坂本清】

 叱りつけるからといって、選手を子ども扱いするのではない。可能性のある大人の選手であるからこそ、チーム全員がそろって食事をしたり、練習前の整列など無駄だと感じる規律は排除し、バレーボール選手としてプロフェッショナルになるための技術や発想力を植え付ける。そんな指揮官を、キャプテンの古賀幸一郎は「間違いなく名将」と称賛する。

「アンディッシュが来て、新しくいろんな要素が取り込まれて、選手もチームも『変わろう』としている。(ファイナル3では負けたけれど、)相手よりも取り組んできた決まり事や戦術は上回っていた、と自信を持って言うこともできる。これからの可能性を持った若い選手も必死で『活躍したい』と思って練習する姿が見られるようになったのも、間違いなく去年から表れはじめた変化です」
 
 試合前や試合後、体育館で会うたびにあいさつだけでなく、英語で話しかけてくる豊田合成の選手と接したヴコヴィッチ監督が亀渕氏につぶやいた。

「みんな英語が上手だな。あれだけ話せれば十分だし、話しかけよう、話を聞きたい、という姿勢が素晴らしい」

 コミュニケーション不足を懸念する必要など、どこにもない。むしろ得られた財産は、選手としてのみならず、セカンドキャリアにもつながる大きな糧となるはずだ。選手たちは子ども扱いすべき存在ではなく、1人の大人なのだから。

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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