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山下佐知子監督が女子マラソン復活へ提言
低迷期の要因とレーススタイルの変化

低迷脱出からの「芽が出始めている」

第一生命の山下佐知子監督は「新しい芽が出始めてきている」と今季のシーズンを総括する
第一生命の山下佐知子監督は「新しい芽が出始めてきている」と今季のシーズンを総括する【スポーツナビ】

 3月8日に行われた名古屋ウイメンズマラソンで、今年8月の世界選手権(中国・北京)の代表選考レースを終えた女子マラソン。11日の代表発表では2度目のマラソンながら名古屋で2時間22分48秒の自己新を出して日本人トップの3位になった前田彩里(ダイハツ)と、2時間24分42秒で4位になった伊藤舞(大塚製薬)が選出された。また3人目には、1月の大阪国際女子マラソンで2時間26分39秒の3位で、日本人トップになった2012年ロンドン五輪代表の重友梨佐(天満屋)も選ばれている。


 一方、昨年11月の横浜国際女子マラソンで2時間26分57秒のタイムながら、フィレス・オンゴリ(ケニア)とのラストスパート勝負で競り勝ち、ロンドン五輪優勝者で2時間18分58秒の自己ベストを持つティキ・ゲラナ(エチオピア)らの外国勢を抑えて優勝した田中智美(第一生命)は、重友との比較で落選。その選考理由の説明が不明確だったことで、紛糾が起こったことは記憶に新しいところだろう。


 そんな女子マラソンシーズンを田中を指導する第一生命の山下佐知子監督はこう総括する。

「私は名古屋の顔ぶれを見た時に、ダイハツの木崎良子さんやユニクロの萩原歩美さんなどは欠場しましたが、何となく2時間23分を切るタイムが出てもおかしくないなと思っていました。結局、前田さん一人が22分台となりましたけど、欠場した選手も出場して競り合いになれば、複数での23分切りもあったと思います。(女子マラソンが低迷していると言われる中でも)そういう芽が出始めてきているな、という気配は感じています」


 男子も同様なのだが、2020年の東京五輪開催が決まってからは、若い世代の女子選手の中でマラソンをやりたいという選手が増えてきている。今は指導者と素材となる選手の組み合わせや、ある程度のレベルでの安定感などを見ると、それなりの記録が出てもおかしくない状況になっているというのだ。

駅伝にピークを合わせがち

駅伝にピークを合わせてしまうことも、低迷の要因かもしれないと山下監督は話す
駅伝にピークを合わせてしまうことも、低迷の要因かもしれないと山下監督は話す【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 それでは、なぜ低迷期が続いたのか。


 山下監督は、練習がこなせていないというのは明らかにあると説明する。以前に自分たちのチームが練習していたメニューを見返してみて「こんなにやっていたんだ」と思うことがあり、また最近では外国人選手に話を聞いても「そんなにやっているんだ」と驚くこともあると言う。


 その理由については、練習を合理化し過ぎた面もあるかもしれないと話す。

「それとともに、今は選手と指導者の関係性について、指導スタイルの過渡期のような気もします。昔は指導者の言うことは絶対というような関係性だったのですが、今は選手と指導者が同じ土俵の上で話し合って、互いに理解し合うというような形になっていると思います。教育の現場でもそうかもしれないけど、今の選手たちは少子化の影響もあって、非常に大事に育てられてきた世代だと思います。


 それに、情報が入りやすい社会なので、選手の方が先に情報を持っていることもあります。そのため、指導者も上から言いにくくなって顔色をうかがったり、練習内容に関しても合理的になっていると思います」


 ただ、その傾向は悪いわけではないと山下監督は言う。『アスリート・ファースト』で考えて環境を整えたり、なるべくコミュニケーションをとって選手の意思を尊重するようになる。そのことで練習内容が甘くなり、低迷を招く要因になったかもしれないが、それを修正するよりは、時間をかけてでも選手が自分の意見をドンドン持ってくるようになるのを待った方が良いのではと話す。


「マラソンをやるためには走り込みは必要ですが、それをやりながらスピードもアップしていくのはなかなか難しいです。ただ、私や有森(裕子)さんは元々(走るスピードが)遅かったというのもあるのだろうけど、走り込むことでスピードも付いていきました。私の場合、マラソンでは91年の世界陸上(東京)で自己ベストで銀メダルを取りましたけど、5000メートルの自己ベストも、その2週間前に走った南部記念で出しているんです。


 ただ今の選手は、元々スピードがあるせいか、走り込みをすると著しくスピードが落ちてしまう傾向はあります。お膳立てされた気楽なレースの中でしか記録を出せなかったりする面もありますが、心身共に(個人レースではなく)駅伝にピーキングを合わせたくなるのが体に染みついているような感じもしますね。高校駅伝に加えて中学駅伝の全国大会ができた後の選手も多くなっているので、その辺りも関係しているかもしれません。


 中学、高校で3000メートルや5000メートルの記録は上がっていますが、社会人では上がっていないという現実を考えれば、スピードをつけるためにも中高生時代にはもっと800メートルや1500メートルをしっかりやるようなところがあってもいいと思います」

性格や食生活にも要因

 また性格的にも、勝ち負けをはっきりつけたがらない傾向も感じると言う。負けず嫌いの選手もいるが、ペースが決まっている中でそれを崩してまで勝ちにいく選手がいない。抜きん出たいというよりも、下に転げ落ちたくないという気持ちが強いだけではないかと。

「練習もメリハリを付けなければいけないからこちらからは合理的なものを提示するけど、そこに自分で何らかのプラスアルファを付けるというのがなかなか見られないというのもジレンマですね。欲が薄いというか……。以前ナショナルチームで野口みずき選手(シスメックス)と話した時、彼女は最初からガンガン行くので『途中で失速するかもしれないって思わない?』と聞くと、『思わないわけじゃないけど、行けるかもしれないじゃないですか』と言うんです。有森さんもよく『最初はここまでしか行けないけど、それがちょっと伸びたらうれしいじゃないですか』と言っていました。


(野口さんや有森さんらは)最初から全部まとめようというのではなく、『行けるかもしれない』と挑戦していた。でも今の子は全部ではないけれど、きちんとしたいと思うようで……。それが悪い価値観ではないし、そのまとめるレベルを上げれば良いわけなのですが、スタートする時から『失敗したらどうしよう』じゃなく、『一番になるにはどうするか』と考えられないのかが不思議に思います」


 それはある意味、チームで走る駅伝の影響かもしれない。ブレーキをしてはいけないという気持ちなのだ。山下監督も「日本代表を狙うような子は違うけど、それ以外の選手はおしなべて個人種目になると緊張感が少なくなり、駅伝の時のような欲がない」とも言う。それだけ駅伝が染み込んでしまっているのか。


「練習量をこなせないということを考えれば、根本は若い頃の食生活もあるかもしれませんね。うちのチームでマラソンの結果を出した選手を見てみると、中高時代に結果を出したわけではないんです。ですから余裕を持って練習をやっていました。


 でも高校などの強豪校に入ると、すべてではないですが、体重管理に気を使って減量をさせることもあります。だから骨がそこまで強くなかったりします。特に素質のある選手は、注目を浴びて早くから結果を出そうとするからそうなりがちで……。早いうちから『世界を狙いたい』という意識を持たせるのも必要なことですが、そういう選手たちこそ、しっかりご飯を食べて、睡眠時間も確保して、成長を促してあげるとか、何らかの違う手立ても必要だと思います」


 さらに言及するなら、小さなうちから目先だけの結果を求め過ぎないということも必要だろう。山下監督は、子どもたちが持っている可能性を伸ばすためにも、例えば、小さなうちはひとつの競技だけにこだわるのではなく、運動能力を高めたり視野を広げたりするためにも2種類の競技をやってみることを必須にするのもいいのではないかとも言う。

折山淑美
1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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