宇野、佳菜子を襲った「意外なワナ」 フィギュアのルール改正が残した影響

野口美恵

厳格化したルッツとフリップを回避する選手も

世界選手権のフリーでエッジエラーの判定を受けた無良。選手にはより正確な跳び分けが求められている 【坂本清】

 毎年のように見直される「ルッツとフリップのエラー」についての判定は、今季はこれまでで最も厳しいものになった。エッジが明らかに不正確だった場合、基礎点そのものが7割に引かれるのだ。例えば3回転ルッツなら、元は6.0点だが、基礎点が4.2点になる上に、質の評価がマイナスされることにより2.1〜2.8点になる。これはダブルアクセルよりも低い点だ。

 そのため、ルッツやフリップのエッジ修正に苦労している選手は、「だいぶ良くなった」程度であれば回避するケースが増えた。

 一方、(アウトエッジで踏み切る)ルッツジャンプがインエッジになっていた宇野は「来季からシニアに上がるうえで避けるわけにはいかないジャンプ」と男気を見せた。夏の間、ロシア人コーチを呼び徹底的に特訓。見事に正しいエッジの3回転ルッツを習得した。これが、今季の世界ジュニア王者へつながったことは言うまでもない。
「ルールが厳しくならなかったら、こんなに練習しなかった。そういった意味ではルールに感謝です」と宇野は語る。

 他方で、世界選手権では、無良崇人(HIROTA)がこのエラーに泣かされた。もともと3回転ルッツを完璧に跳べる無良は、ショートでは「3回転ルッツ+3回転トウループ」を後半に入れるなど“得意”といえるジャンプだ。しかしその反面、フリップは注意すれば正確に跳べるが、本人が気づかないほど小さな角度の違いで「曖昧」または「エラー」と判定される。今季、しっかりと意識して跳び分けていた無良は、決戦ともなる世界選手権に限って「エラー」と判定され「まさか(フリップが)エラーになるとは。本当に丁寧に跳び分けなければいけないな」と反省しきりだった。

ボーカル曲解禁の影響は薄く

世界選手権の男子フリーでは、銀メダルの羽生をはじめ、24人中5人がボーカル入りの『オペラ座の怪人』を選曲した 【坂本清】

 今季のルール改正で最も話題になったのはボーカル曲の解禁だろう。しかし選手にとってはあまり影響はなかった。もともとはヨハン・シュトラウスのワルツ音楽に乗せて氷上で社交ダンスをしたことに起源するフィギュアスケート。今は幅広い音楽による多彩な表現が受け入れているが、やはりクラシックのほうが滑りの動きにマッチしやすいのが現実だ。

 そのためボーカル解禁といっても、オペラの曲でボーカル入りにしたり、「ネオ・クラシック」と呼ばれる優雅な曲のジャンルが好まれた。そんな中、やはり人気だったのはボーカルあってこそ映えるミュージカル、『オペラ座の怪人』だろう。世界選手権では男子フリーの24人中5人が同曲だった。

 また一部の選手が、マイケル・ジャクソンでノリノリで踊ったり、ヒップホップなども取り入れていたが、スケートの「横へ移動する動き」と、現代の「タテ乗りの音楽」とは簡単には融合しない。よほどのフットワークがない限り、滑りながらタテ乗りの踊りをすることができず、音楽効果は薄れてしまうのだ。

 結局、来季以降はボーカルブームも収束し、クラシックを主体とした曲選びに戻りそうだ。最初から最後までボーカルというものではなく、ステップシークエンスの盛り上がり部分だけがボーカル、というような工夫した使い方の選手が増えていくだろう。

 今季はソチ五輪後のシーズンということもあり、各国の勢力図が変わる時期だった。そのなかで、選手の技術を変化させたのは、エッジの厳格化。特に女子にとっては3回転ルッツとフリップを跳び分けられるかどうかが、上位グループに行くための最低限の条件となった。ルールが厳格化する以前からの選手とっては、クセを直すのは苦しい作業だが、どうか逃げずに取り組んで欲しい。そして若い世代は、美しいルッツとフリップを披露し、正しいジャンプの伝統を守って欲しい。そう願うシーズンだった。

2/2ページ

著者プロフィール

元毎日新聞記者、スポーツライター。自らのフィギュアスケート経験と審判資格をもとに、ルールや技術に正確な記事を執筆。日本オリンピック委員会広報部ライターとして、バンクーバー五輪を取材した。「Number」、「AERA」、「World Figure Skating」などに寄稿。最新著書は、“絶対王者”羽生結弦が7年にわたって築き上げてきた究極のメソッドと試行錯誤のプロセスが綴られた『羽生結弦 王者のメソッド』(文藝春秋)。

新着記事

スポーツナビからのお知らせ

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント