鈴木明子が描く振付師としての理想像 「本人が知らない自分を引き出したい」

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昨季に現役を退き、現在は振付師を目指す鈴木明子に「振り付け」をテーマに話を聞いた 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

 鈴木明子は現役時代、表現力に定評のあるスケーターだった。本人は「意識したことがなかった」と笑うが、音楽と融合した情感あふれる演技は、見る者を魅了した。そんな彼女が引退後に目指すのは「振付師」。表現力を売りにしていた彼女からすれば、その選択は必然の流れだったとも言える。

 今季、初参戦となるグランプリシリーズのロシア杯で優勝し、ファイナルまで駒を進めた18歳の本郷理華(愛知みずほ大瑞穂高)は、鈴木に表現面の指導を受けたことで著しい成長を遂げた。鈴木自身も「選手の良さを失わないようにしつつ、本人が知らない自分というものを引き出し、そこでさらにスケーターとして1つ大きくなれるようなアプローチができたらいい」と振付師としての理想像を語っており、その成果が早速表れ始めている。今回のインタビューのテーマである「振り付け」について、彼女のこだわりを聞いた。

パスカーレのアイデアに脱帽

12−13シーズンのFSで滑ったシルク・ド・ソレイユの『オー』は自身でもお気に入りのプログラム 【坂本清】

――「引退後は振付師になりたい」と以前おっしゃっていました。そう思ったきっかけは何だったのでしょうか?

 小学生の高学年くらいから漠然とそう思っていたんですよね。なぜかは分からないんですけど、コーチにはなりたくなかったんです。当時は今ほど振付師は注目されていませんでしたが、海外では振り付けだけを専門にしている人がいると聞いて、憧れをすごく抱いていました。

 ただ、本当に振付師になれたらいいなと思い始めたのは、海外の方に振り付けをしてもらうようになってからです。最初はシェイリーン・ボーンさんで、そしてその後のパスカーレ(・カメレンゴ)との出会いは非常に大きかったです。振り付けの先生たちはすごいアイデアを持っていて、しかも、それ以上に人間性が素晴らしかったので、スケートを通じて「この先生に出会えて良かったな」と思うことばかりでしたね。私にとってはスケートをやっていく上で重要なキーになってくる方たちだったので、自分もそういう人になりたいと思ったのは自分でも感じました。

――自分のものでも他人のものでも構わないのですが、好きなプログラムはありますか?

 難しいですね(笑)。すごい前でもいいですか? ミシェル・クワンさんが15歳のときに演じた『サロメ』(1995−96シーズンのフリースケーティング=FS)が私の中では強烈なインパクトとして残っています。振り付けと言うか彼女の雰囲気なのかもしれないですけど、あれを繰り返し見たのはよく覚えていますね。

――ご自身のものだと何がお気に入りですか?

 私のものだとシルク・ド・ソレイユの『0』(2012−13シーズンのFS)ですね。あれはパスカーレのアイデアに脱帽でした。鳥の鳴き声を入れて世界観を作ったりしたんです。そもそも作り始めたときは鳥の声なんてなくて、シルク・ド・ソレイユだからちょっとサーカスっぽい感じやパントマイムなんかをやっていたんですけど、突然次の日になったら「明子、コンセプトを変える。浮かんだんだよ」と。「明子は鳥なんだ!」と言うから「は、はぁ……」みたいな(笑)。「じゃあ、昨日作ったのは全部なし。冒頭も全部なし。鳥のさえずりから始めよう。そこでグッと世界観を引き付けて羽ばたいていくイメージにしよう」と。別に鳥は出てこないんですよ。でも想像のものでやってしまうという感じでした。

――振付師によって教え方、進め方など違うと思いますが、どのような特徴があるのでしょうか?

 シェイリーンは冒頭にこだわりますね。冒頭なので引き付ける部分じゃないですか。『ウエストサイドストーリー』(09−10シーズンのFS)の最初の部分はあれだけで非常に時間がかかりました。初日の振り付けが始まったときは、あそこだけで1日終わりました。それくらいシェイリーンは綿密に練る。でもそこから先はジャンプを入れたりで割とスムーズなんですけど、冒頭はすごい長くて(笑)。

 逆にパスカーレの場合は、まず初日に全部のアウトラインを作ってしまうんです。最初から最後までこんな感じでとザックリやってからまた頭から細かくやっていきます。初めはこれについていけなくて「えっ、4分全部覚えられない」みたいな感じでした(笑)。

理華は素晴らしい才能を持っている

現在は長久保裕コーチ(左)とともに、後輩である本郷理華の指導も担う 【写真は共同】

――現役を引退した後は後輩の指導などもしていらっしゃいますね。

 表現の部分だけです。技術はもう長久保(裕)先生にお任せしていて、今シーズンすごく頑張っている(本郷)理華の指導は先生からお願いされました。「表現のところでお前ができることをやってほしい」と言われてやり始めたんです。彼女も「もっとうまくなりたい」という意識が強かったし、私にとっても振付師になるための勉強になっているので、相乗効果ですごく良くなったんじゃないかと思っています。

――本郷選手は演技後に、鈴木さんに教わったことがすごく生きているとよく言っています。

 よくできた後輩ですよね(笑)。もしかしたら私の言ったことが彼女自身に響いた部分があるのかなと思います。

――長久保コーチは、本郷選手は「隙あらばサボろうとする」と言っていましたが。

 本当にそうですよ(笑)。

――でも鈴木さんが言ったことはやっぱり響くのですね。

 本人が聞こうとする姿勢を見せているし、「もっとこうしたいんだ」というところがあるからこそだと思います。打ったら響くのでやりがいもあるし、やっぱり素晴らしい才能を持っているので、できればそれを伸ばしてあげたい。彼女の良さを失わずに引き出したいというのがすごくあります。

 彼女の演技は何を見てもダイナミックじゃないですか。ジャンプもそうだし、そういったところを生かしながら、もうちょっと繊細に表現できる部分があればいいなと思っているんです。私は細かいから、口うるさいと思うんですけど、「ごめんね、細かいことで。分かるよ、こんなの言われたら疲れるよね」と言いながら、「でもこうやったらより良くなるよ。今こうなっているけど、これだとちょっと小さくない? もうちょっとこうやって見せたら大きいよ」とか、「もっと後半のそこが引き立つよ」とかそういところを実際にやり、それを見てもらって本人が感じたりするように、あえてやるようにしています。

――長久保コーチだとそれを教えるのは難しいのでしょうか?

 先生だと、たぶん言っているだけなんだと思います。「背中が丸い。もっときれいに伸ばせ」という感じで。そこをどうしたらいいかは本人任せな部分があったと思うんですね。もちろん先生は見るところがいっぱいあって、ジャンプの指導もやらなきゃいけない。だからこそ先生にはジャンプなど技術的なところに特化してもらっています。

 先生からも「そこをもうちょっとどうにかしてほしいんだよね」というところを言われて「じゃあ、こうはどうですか?」と私が言うと「あ、それいいね」となったりするんです。技術は先生にお任せして、そこにエッセンス的にスパイスを加えられればいいと思っています。

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