無敗対決制したカシアスJr「面白かった」=父の届かなかった世界へ実りあるV3戦

船橋真二郎

予想に違わぬハイレベルな技術戦

日本スーパーフェザー級王者・内藤律樹がハイレベルな技術戦となった伊藤雅雪との無敗対決を制して3度目の防衛に成功した 【スポーツナビ】

「こういうどっちが勝つかわからないような勝負をモノにできたことは、自分にとってまたひとつ、いいキャリアになったのかなと思います」
 底冷えがする2月9日、東京・後楽園ホール。息詰まる攻防を制し、3度目の防衛に成功した日本スーパーフェザー級王者の内藤律樹(E&Jカシアス)は試合後の控え室でこう振り返った。同級1位の挑戦者、伊藤雅雪(伴流)との注目の無敗対決は予想に違わぬハイレベルな技術戦となった。

 会場を張り詰めたような静寂が支配したのは1ラウンド途中のことだった。観衆が固唾をのんで両者のやり取りを見つめる。ともにディフェンスに優れ、スピードが武器の技巧派同士。打ち込むタイミングを容易に与えず、じりじりとした展開が開始から続いた。

 サウスポーの内藤は右ジャブで探りながら、伊藤は右ストレートをボディに散らしながら、絶え間なくフェイントを掛け合い、内藤は踏み込んで左、伊藤は右カウンターを狙う。抜群の反応を見せ合う両者はボディワークとステップワークを駆使して、互いに決定打を許さず、緊迫した主導権争いで序盤は推移した。

試合を動かした5R終了時の公開採点

持ち味のスピードを生かして内藤の左の打ち終わりを追いかけるような右を要所に当てた伊藤だったが… 【スポーツナビ】

 拮抗した展開を動かしたのは、5ラウンド終了時の公開採点だった。48対48、48対47で内藤、49対47で伊藤と三者三様のドロー。両者の受け止め方は異なった。「ドローか、どっちかの1ポイントかなと思った」と内藤。「もっと取っていると思っていた」と伊藤。両者の心理に微妙な影響を与えたのは、直前4、5ラウンドの流れだったのではないか。

 伊藤は4ラウンドには2発目の右を、5ラウンドには内藤の左の打ち終わりを追いかけるような右を要所に当てた。いずれも浅く、数こそ少ないものの、公式のジャッジも概ね伊藤を支持。いい流れで公開採点を迎えていたのは伊藤のほうだった。それが勝負の綾になったとすれば、伊藤にとっては皮肉だが、両者のその後の対応の違いが後半の流れを決めた。

「(ジャッジ1者が)2ポイント向こうにつけたので、自分から前に出なきゃ」と切り替えた内藤に対し「6、7ラウンドは迷いが出た」と伊藤はやや受けに回ったことを認めた。7ラウンド終了間際には内藤の左ストレートでロープに飛ばされた。伊藤にダメージはなかったが、ポイントの読みづらい展開のなかで心理的な打撃は大きかったはずである。

辛勝に「正直きつかったけど…」

7R終盤、内藤は左ストレートで伊藤をロープに吹き飛ばした 【スポーツナビ】

 8ラウンドから伊藤は攻め、動きが雑になったところを内藤が捉える。最終10ラウンドは前に出る伊藤の気持ちに内藤が応え、接近戦でパンチを交換し合うなかで終了ゴング。最後まで決定的シーンは生まれなかったものの、互いを称え合う両者を大きな拍手が包んだ。

 判定は95対95、96対95、97対94の2−0で王者を支持。全勝をキープした内藤は12勝5KO。初黒星の伊藤は16勝7KO1敗1分。わずかな差で内藤が競り勝つ形になったが、「正直きつかったけど、試合はすごく面白かった」という23歳の勝者にも、「まともなパンチは一発ももらってないし、負けた気がしない」という24歳の敗者にも、未来につながる実りある10ラウンドだった。

「1年前の僕が今の伊藤さんとやったら、間違いなく100%勝てなかった」と内藤。昨年2月に決定戦で王座に就いて以来、2度の防衛戦では倒すボクシングを追求し、攻撃力をプラスしようと試みた。結果は、いずれも判定勝ち。その結果以上に前に出て倒そうという気持ちが力みを生み、左を打つ際に重心が前寄りに崩れていたことを反省した。

「5ラウンドまでポイントでリードして、相手が出てきたところをカウンターで狙う」
 自分本来のボクシングを貫き、流れのなかで倒す展開を理想に掲げながら、「自分が前に出なければならない展開になった」。だが、「そこから前に出て、ポイントを取り返せたのはこの1年間があったから」と課題を持ち越しながらも、昨年の経験と意欲的な取り組みが自らを助けてくれたと振り返った。

ジョムトーンか、金子戦を希望

試合後に健闘をたたえあった内藤と伊藤。内藤は「試合はきつかったけど面白い試合だった」と笑顔を見せた 【スポーツナビ】

 現在、スーパーフェザー級は、WBAに内山高志(ワタナベ)、WBCに三浦隆司(帝拳)と2人の日本人世界王者を抱える。試合前、「2人は強いですが、(伊藤戦のような)こういう試合をクリアして、キャリアを積んでいければ、いつかは手が届かない相手じゃないと思う」と話していた内藤。今後については「伊藤選手よりも評価が低い選手とやっても意味がない。強い相手に自分のボクシングができるようにならないとステップアップにつながらないから」とし、報道陣から東洋太平洋王者のジョムトーン・チューワッタナ(タイ)、1月にそのジョムトーンに敗れた前日本王者の金子大樹(横浜光)の名前を挙げられると「ずっとやりたかった選手」と即答した。

 咽頭がんとの闘病を続ける父で、元東洋、日本ミドル級王者のカシアス内藤会長が念願のボクシングジムを横浜に開設してから、この2月1日でちょうど10年になった。
「今のままでは東洋にもまだ手が届かない。もっともっと実力をつけないと」
 足元を見つめ、そう誓った律樹が目指すのは、その父が果たせなかった世界王者だ。
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント