現代の偉大なる10番、リケルメの引退 フットボール界が失った素晴らしい瞬間

36歳にして現役引退を表明したリケルメ

アルゼンチン代表の背番号10を背負った偉大な選手であるリケルメは、36歳にして現役を引退する意思を表明した 【写真:ロイター/アフロ】

 とりわけ年長のアルゼンチン国民と熱狂的にフットボールを愛する人々にとって、背番号10のユニホームは伝説と同義だ。かつてその番号は、他の選手には不可能なプレーを創造することができる、特別な選手が身に付けていたものだからだ。

 ディエゴ・マラドーナに加え、アルゼンチン代表や重要なクラブチームの背番号10を背負った選手の代表格には、1950年代にリーベル・プレートやナポリ、ユベントスでプレーしたエンリケ・オマール・シボリ、70〜80年代に活躍したリカルド・ボチーニ、そしてマリオ・ケンペスらがいる。

 1月25日、過去20年間に活躍した最も偉大な選手の一人であるフアン・ロマン・リケルメが、36歳にして現役を引退する意思を表明した。さまざまなタイトル獲得に彩られた19年間の輝かしいプロキャリアを送ってきた彼だが、それ以上に重要なのは記録や戦術、統計といった無機質な数字だけでなく、芸術もフットボールの一要素であると信じる全ての人々に忘れ難い栄光の時を提供してくれたことだ。

 美しいプレーの愛好者であり、まるでオーケストラの指揮者のようにパスをさばきながらゲームを組み立てるプレーヤーだった彼は、不運にも困難な時代に生まれてしまった。結果を求めることと良いプレーを目指すことと、どちらがより重要なのか。まるでその2つが相容れぬ存在であるかのように、くだらない議論が繰り広げられるようになったのと時を同じくして、アルゼンチンのフットボール界に台頭してきた選手だからだ。

常に突出した存在

さまざまな角度や距離からゴールマウスを捉えるシュートなど、リケルメのプレーは英雄ペレを彷彿とさせる 【写真:ロイター/アフロ】

 リケルメはフットボールとアートを同様に捉える、世界的にも稀な時代錯誤の対抗文化的な選手だった。無機質な数字やコンピューター、マルチロール主義がテクニシャンやスペシャリストに取って代わった現代フットボールにおいて、彼は人よりボールを走らせることが何より重要だとかたくなに信じてきた。考えることこそ次のプレーでライバルに先んじ、より良い選択肢を選ぶために必要な、最も重要な能力である。それが彼の考え方だった。

 カルロス・ビラルドが監督を務め、マラドーナやフアン・セバスティアン・ベロン、キリ・ゴンサレス、クラウディオ・カニーヒアらが所属していた96年にアルヘンティノス・ジュニオルスからボカ・ジュニオルスに移籍して以降、その後プレーしたアルゼンチン代表やバルセロナ、ビジャレアル、そして現役の最後を過ごしたアルヘンティノスまで、リケルメのテクニックは常に突出していた。

 マーカーとの距離を保つために腕を使う術を心得ていること、さまざまな角度や距離からゴールマウスを捉えるシュートの形を持っていることなど、私は彼の優雅なプレーフォームが同じブラジル出身のクラック(名選手)たち以上に英雄ペレに似ていると思っている。

 リケルメは決して他に迎合することがない選手だった。アルゼンチンの大多数の選手が多くの場合そうせざるを得なかったにもかかわらず、彼はポリティカルコレクト(編注:社会的な差別・偏見が含まれていない公平さ)な言動を心がけることも、ウルトラスと親しくすることもない。1つのシステムに取り込まれることがなく、くだらない質問を投げかける記者にはテレビ越しに見ても分かるほど嫌な顔をすることも珍しくなかった。

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著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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