井上尚弥が築く新しい伝説への第一歩=たった1年で東洋王者から2階級制覇へ

平野貴也

駆け足ぶりに井上も「相当早い」

ことし1年で東洋王者から一気に2階級制覇挑戦へこぎつけた“怪物”井上尚弥 【平野貴也】

 2014年は、世界のボクシング界に「INOUE」の名前が刻まれた年となった。アマチュア7冠という実績を引っ提げ、“怪物”の異名でプロデビュー戦から話題をさらっていた井上尚弥(大橋)は4月、WBC世界ライトフライ級王者のアドリアン・エルナンデス(メキシコ)に挑戦し、6RTKOで勝利。国内最短のプロ6戦目で世界王座を獲得した。9月には11RTKOで初防衛に成功。成績を7戦7勝(6KO)無敗とした。8戦目で2つ目の世界王座を狙おうというのだから、普通ではない。ライトフライ級の王座を返上した井上は、12月30日には2階級上げてWBO世界スーパーフライ級王座に挑む。勝てば、たった1年で東洋王者から世界王座2階級制覇へとキャリアを進めることになる。

 その駆け足ぶりは、井上自身も「相当(ペースが)早い。昨年の試合を終えたときには、4月に世界戦が出来るとも思っていなかったし、1年後に(当時より2階級上の)スーパーフライ級で戦うなんて考えもしなかった」と驚くほどだ。4戦目で日本王座、5戦目で東洋太平洋王座、6戦目で世界王座といずれも国内最短記録を更新した若者は、2階級制覇の最短記録(井岡一翔の11試合)まで塗り替えようとしている。まだ21歳という若さに、末恐ろしい物を感じずにはいられない。

打たせずに打つボクシング

打たせずに打つボクシングを身上に、ことし4月には国内最短となる6戦目で世界王座を獲得した 【t.SAKUMA】

 最短記録樹立の連発は、井上の強さを如実に物語っている。ボクシングという体を痛めつける競技においては、コンスタントに試合を行うことさえ容易でない。練習で大きなケガをせず、試合で大きなダメージを負わず、試合当日に調子が悪くても勝ち切る。ハイレベルな戦いの中で、そのすべてをクリアしなければ、このハイペースの記録ラッシュは、成立しない。井上は俊敏で的確なステップワークで主導権を握り、相手との距離をコントロールしながら、打たせずに打つボクシングを披露する。そして、中盤までにペースを握り、クリーンヒットが入れば一気にたたみかけてKOへ追い込む。トータルに力を備えるからこそできる試合運びであり、試合間隔を空けることなくキャリアを進められる要因となっている。

 しかも、9月の初防衛戦で明らかな減量苦の影響を見せた井上は、プロ8戦目をスーパーフライ級で迎えるにあたり「この時期(試合の11日前)でも練習を追い込めている。減量着を着なくても汗が出ている。ライトフライ級のときに比べると、力強いパンチを打てる。2階級上げた不安はないし、むしろ(減量が厳しくなった)ライトフライ級で強いチャンピオンと対戦する方が大変。自分が一番動ける階級で試合をして、いいパフォーマンスと結果を出すことが大事。ボクシング自体は大きくは変わらないけど、微妙なパンチ力やラウンド毎の足の使い方は、少なくともライトフライ級よりもいい動きができる。そこは、自分としても楽しみ」と話した。本領発揮は、まだこれからという楽しみがある。

46戦1敗の王者との世代交代マッチ

30日には46戦で1敗のみという伝説の王者ナルバエスに立ち向かう。新たな尚弥伝説を築けるか!? 【平野貴也】

 ただし、8戦目のマッチメークは、ハードルが高い。いきなり2階級も上げれば、相手の方がパワーでは上回るだろう。プロでは初となるサウスポーとの対戦という不安材料もある。そして、何と言っても王者オマール・ナルバエス(アルゼンチン)は輝かしい成績を誇る。世界2階級制覇を成し、46戦でわずか1敗。負けた相手は世界5階級制覇のノニト・ドネアのみ。井上も「上(顔)は、ほとんどパンチをもらわない選手。苦しい試合になるのは覚悟している。倒そうと思って(狙って)倒せる相手じゃない。今回はつまらない試合になってもいいと思っている。勝ちに徹する」と強い警戒心を示している。

 ディフェンスの堅いナルバエスを、前後のフットワークと上下の打ち分けを駆使する井上がどのように攻略するのかがポイントだ。大橋秀行会長は「相手は伝説の王者だが、新しい伝説が始まる日になる。尚弥伝説の第一歩になる」と煽る。いきなり2階級を上げた背景には、スーパーフライ級に“伝説の王者”井上を築く考えがあるからだ。井上も「世代交代というか、これからは自分がスーパーフライ級(の主役)でやっていく気持ちでチャンピオンになりたい」と王座奪取を宣言した。若き「怪物」が放つ今の輝きは、伝説の序章に過ぎない。12月30日は、そんな確信を得る1日になるのかもしれない。
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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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