スリナム代表W杯出場プロジェクトが始動 北中米に新たな強豪国が誕生する可能性

中田徹

ポテンシャルが高いスリナム系オランダ人

ミランやオランダ代表などで活躍したセードルフもスリナム出身。彼らが持つポテンシャルは極めて高い 【写真:ロイター/アフロ】

 1988年、ユーロ(欧州選手権)を制したオランダにはルート・フリット、フランク・ライカールト、ジェラルド・ファネンブルグ、アーロン・ビンターがいた。95年、チャンピオンズリーグとクラブワールドカップ(W杯)を制したアヤックスにはクラレンス・セードルフ、エドガー・ダービッツ、パトリック・クライファート、マイケル・ライツィハー、ウィンストン・ボハルデがいた。彼らスリナム系オランダ人が、オランダサッカー界に果たした役割は世界中に知れ渡っている。スリナム系オランダ人が持つサッカー能力のポテンシャルはものすごく高い。

 ならば、スリナム代表もそれなりの力があってもいいはずだが、現実は厳しい。2009年、彼らはオランダに遠征したがVVVに0−3という完敗を喫してしまった。スリナム代表はオランダ2部リーグの優勝チームより、はるかに弱かったのだ。ブラジルW杯の北中米・カリブ海予選を戦ったスリナムは1次リーグであっさり敗退している。(編注:2勝1分け3敗の3位)

 オランダとスリナムはかつての宗主国と植民地の関係だ。独立後、多くのスリナム人が豊かになるためオランダに渡り国籍を取得した。今、スリナム系オランダ人の数は30万人を超えると言われている。現在のスリナムが50万人ほどの人口であることを考えると、ものすごい数字だ。

 一方、スリナムの法律は二重国籍を認めていない。オランダに移住したスリナム系オランダ人は、スリナム国籍を捨てているのである。その結果、オランダの育成システムで育ったスリナム系オランダ人選手は、スリナム代表のメンバーに入る資格がない。

 加えて、スリナムは経済規模が小さく、サッカーインフラにかける経済的な余裕がない。スリナムリーグはアマチュアリーグである。タレントの力を開花させる育成システムもない。指導者も力不足。だから代表チームはなかなか強くならない。

 それにしても、もったいない話しである。セードルフやダービッツのようなビッグネームこそ最近は出てはいないものの、オランダリーグを始め、欧州各リーグには多くのスリナム系オランダ人選手が散らばっている。

二重国籍を認めればW杯出場も夢ではない

 07年のユーロU−21で優勝し、08年の北京五輪出場権を獲得した世代のオランダ代表には、ライアン・バベル、ロイストン・ドレンテ、ケネト・フェルメール、マセオ・リフテルス、カルフィン・ヨン・ア・ピン、ジャンニ・ザイフェルローンといった多数のスリナム系オランダ人がいた。その後、フェルメール、バベル、ドレンテはオランダ代表に選ばれたためスリナム代表に加わる資格を持たないが、その他の選手たちはスリナムのパスポートさえ持っていたら、スリナム代表として十分通用しただろう。

 スリナムでもオランダでも、「スリナムが二重国籍さえ認めてくれれば、W杯予選を勝ち抜くだけの代表チームが作れる」という声は大きい。そこでスリナムサッカー協会とスリナム系オランダ人たちが立ち上がり、「スリナム代表をロシアW杯へ」というプロジェクトが生まれた。彼らの目的は最強のスリナム代表を作ること。そのためにスリナム政府に二重国籍を認めさせることである。

 このプロジェクトにFIFA(国際サッカー連盟)副会長とCONCACAF(北中米カリブ海サッカー連盟)会長を務めるジェフリー・ウェブも賛同した。ケイマン諸島人のウェブはスリナムサッカー協会のジョン・クルストナット会長に「CONCACAF域内にある旧植民地の中で、二重国籍を認めてないのはスリナムだけ。モンセラトのような5000人しか人口のいない国でもイギリス人を加えて最強チームを作ろうとしている。スリナム系オランダ人を活用しないのは、あまりにもったいない」と語り、バックアップを約束した。

 12月26日には、スリナム系オランダ人とスリナム人の混成による“スリナム代表”が首都パラマリボで親善試合を行うことになった。現時点でスリナム系オランダ人にスリナム国籍はないので正式なスリナム代表ではないし、FIFAのインターナショナルマッチウィークでもないため、対戦相手はトリニダード・トバゴの強豪クラブ、Wコネクションになる。

 トゥエンテやフローニンゲンは「ウインターブレークは、選手はしっかり休まないといけない」という理由で拒否したが、FIFA副会長の後ろ盾を得たことで、スリナム系オランダ人が所属する多くのクラブが理解を示し、“スリナム代表”への参加を認めてくれた。

「我々は100人のスリナム系オランダ人選手とコンタクトをとった。そのほとんどが『ぜひ、スリナム代表として参加したい』という熱狂的なものだった。フェルメールはもうオランダ代表だが、『これが10年前だったら』と悔しがっていた」(関係者)

政府へのロビー活動となる“スリナム代表”の親善試合

W杯予選では1次リーグであっさり敗退。経済的な余裕がなく、選手を育成する環境が整っていないことが原因として挙げられる 【写真:ロイター/アフロ】

 こうしてディーン・ホレー監督率いる“スリナム代表”にミラノ・クーンデルス(主将、ヘラクレス/オランダ)、エファンデル・スノ(ウェステルロー/ベルギー)、ライアン・コールワイク(ドルトレヒト/オランダ)といった欧州サッカーシーンでは無名だが、オランダリーグでは実績のある選手たちが参加することになった。

「これまでトルコ系オランダ人やモロッコ系オランダ人は、自分たちのルーツの国の代表を選ぶこともできた。エル・ハムダウイはモロッコ代表を選んだし、イブラヒム・アフェライは悩んだ末にオランダ代表を選んだ。それがうらやましかった。僕たちはオランダ代表しか選択肢がなかったんだ」(クーンデルス)

 スリナム系オランダ人が加わるスリナム代表に対する現地の期待は大きく、「26日の試合には5000人の観客が集まるんじゃないか」とチーム関係者は言う。前回のW杯予選では500人から1200人の観客しか集まらなかったことを考えると、5000人というのは大きな進歩である。

「この試合は政府へのロビー活動」と関係者はハッキリ言う。「サッカーというスポーツは社会に与えるインパクトが強い。多くの観客が集まる中、“スリナム代表”が良いサッカーをすれば、政府に二重国籍を認めさせる大きな力になる」

 スリナムに住むスリナム人たちは「スリナム系オランダ人には規律がある。彼らが加われば間違いなく代表チームのレベルは上がる」と期待する。

 わが家のボイラーを直しに来たスリナム系オランダ人は、今回のプロジェクトを聞いて目を輝かせた。

「セードルフ、ダービッツ、クライファート。俺たちスリナム人には間違いなくサッカーの才能が宿っている。指導者としても優れているんだ。バルセロナで(リオネル・)メッシをデビューさせたのはライカールトと(ヘンク・)テン・カテだぜ」

 このプロジェクトはスリナムサッカー界に大きな刺激を与え、サッカー協会はスリナムリーグのプロ化を検討し始めた。北中米にはメキシコ、アメリカ、コスタリカといった強国がいるが、98年にはジャマイカが、06年にはトリニダード・トバゴがW杯に出場した。なら、最強チームさえ作れば、スリナム代表もきっと夢がかなうだろう。

 飛べロシアへ。彼らは本気だ。
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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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