中嶋一貴のカテゴリーを超えた“速さ” ル・マンの手応え、スーパーGTに可能性
WEC、国内レースと複数のカテゴリーで活躍する中嶋一貴。それぞれのレースの特徴、魅力などを存分に語ってくれた 【スポーツナビ】
2011年以降、中嶋は国内レースに軸足を置きつつ、12年のトヨタがWECに参戦したのと同時に、レギュラードライバーも務めている。そのトヨタは今季、初の年間マニュファクチャラーズ・タイトルを獲得した。中嶋が貢献したことは言うまでもない。一方で、国内のスーパーフォーミュラでは2年ぶり2度目の年間チャンピオンに輝き、スーパーGTでもアグレッシブな走りを披露した。
カテゴリーを超えて活躍する中嶋は、レースの特徴に合わせたドライビングで、日本トップクラスを走り続けている。(取材日:12月5日)
ル・マンで日本人初ポールポジション
世間には、ル・マンで親子2代という話はあまり浸透していないですね。父親はホンダのイメージが強いというのもあると思います。僕自身も生まれたころの話なので、記憶もないですし、あまり意識したことはないです(笑)。
――12年のWEC挑戦が決まってから、父親とル・マンなどの話をしたことはありますか?
WECプログラムへの参加を説明するとき話しました。ル・マンのような公道も走りますし、非常にトップスピードの速いマシンですから、事故が発生したときのリスクが大きいということもあって、「シェイクダウン直後の新車をドライブするときは気をつけろ」というアドバイスをもらいました。まだ熟成していないマシンはトラブルのリスクもありますし、絶対的なスピードがスーパーGTや国内フォーミュラよりも速い分、リスクも高いので気をつけろというアドバイスでした。
――ル・マンでは、日本人初のポールポジションを獲得しました。翌日はドライバーズパレードなどもありますが、何か変わったと感じましたか?
僕自身は特になかったです。やはりレースに勝つということが一番の目標ですし、予選はそのための準備でしかありません。この3年間、ル・マンに挑戦してきて、最初の年はル・マン独特の雰囲気に感動したし、舞い上がっていた部分もあったかと思います。2年目はまだ少しフワフワしていたというか、ル・マンだけは別の感じでした。そして3年目にして、僕だけでなくチーム全員が、他のWECシリーズ戦と同じ、いつものレースの1つとして、同じスタンス、同じ心持ちで、スタートを迎えることができました。そういった意味での違いは確かにありました。
――それでも、現地ファンの反応は大きかったのでは?
はい、今年は予選前からトヨタのマシンは好調という情報もあったので、現地ファンのトヨタへの応援は大きかったです。ファンの人たちも、ここ何年もアウディが勝つレースばかりでしたから、アウディを倒すチームが現れることを待ち望んでいる雰囲気もありました。「今年はトヨタがアウディを倒すぞ!」 という期待は感じられました。毎年、トヨタへの声援は大きいのですが、今年はそれを特に感じましたね。
WECは高速道路、命に関わる危険も
ル・マンでは日本人初のポールポジションを獲得。また、トヨタは参戦3年目で初の年間王者に輝くなど、飛躍のシーズンとなった 【Getty Images】
LMP1のマシンとGTEアマのマシンは通常のサーキットのラップタイムで1周20秒以上違います。それだけスピード差がありますし、日本のスーパーGTはGT300もほぼプロドライバーがドライブしていますが、WECではジェントルマンドライバー(アマチュア)が多く参加しています。そのため、他のマシンを追い越すのは、スーパーGTの何倍も難しいと思います。人の動きが読めないというのが大きいですね。とても神経を使うわけですが、ル・マンであればそれが24時間続いている状態です。ちょっと集中力が欠けただけで大きな事故につながる可能性がありますから。
これがスーパーフォーミュラであったり、それこそF1だった場合には、集中力が必要とされる場面が違います。正直、命を懸けているという意識はほとんどありません。お互いの動きが読めるというか、接触したとしても、本当に命に関わるようなクラッシュは少ないです。
一方、WECに関しては、ちょっとした思惑の違いでマシンが接触すると大クラッシュにつながることもあります。もちろん、現在のマシンは本当に安全性能が高くなって、クラッシュしてもドライバーは大丈夫ということが多いですが、WECでは、現在の高い安全性を保ったマシンであっても、危険なクラッシュが発生する可能性をはらんでいます。ですから、他のどのカテゴリーよりもドライバーとしての緊張感が求められるレースです。
――そう聞くと、日本の高速道路を思い浮かべますね。初心者からベテランのトラックドライバー、ペーパードライバーに、スピードを出して走るのが好きなドライバーと、さまざまなドライバーが高速道路上を走っていて、時に相手の動きに驚くこともあります。
まさに、その通りだと思います。多くのドライバーが一般道や高速道路で、ヒヤッとする状況や経験があると思いますが、WECでは、その速度域が時速200キロ以上、時には時速300キロとなって、しかも相手の動きが読めない。それがレース中ずっと続いている感じですね。ですから、相手の動きであったり、動きそうな気配であったりと、そうした先を感じながら、数時間を走り続けています。
――ドライバー交代直後の疲労感は大きそうですね。
肉体的よりも神経を使ったことによる精神的な疲労が大きいですね。
――今年のマシンは開幕当初から「イケるぞ!」という感じでしたか?
いや、(第1戦・英国)シルバーストーンの段階ではそこまでの手応えはなくて、メーカー間の速さが拮抗(きっこう)していてタフなシーズンになるだろうなと思っていました。続く(第2戦・ベルギー)スパフランコルシャンで、ほぼル・マン仕様にしたマシンが速くて、相手との差に手応えを感じました。これならル・マンで良い結果を残せるかもしれないと。
チームは日本、ドイツ、フランスの混成チームで、文化やバックグラウンドが違うスタッフが集まっています。目指す方向は同じですが、当初はやり方が微妙に違っていました。それがWEC参戦3年目にして、チームに一体感が出てきました。コミュニケーションも深まって、仕事におけるお互いの良い部分を吸収し、“あうんの呼吸”が生まれました。その結果、日本メーカーとして初めてのシリーズタイトルを獲得(トヨタはシーズン8戦中5勝)できたのだと思います。僕自身も含めて、本当に良いチームになったなと思います。