記憶に残る3冠達成と悩ましい日程問題 天皇杯漫遊記2014 G大阪vs.山形

宇都宮徹壱

「元日・国立」でない決勝への違和感

いつもと違う天皇杯決勝。今年は12月13日に日産スタジアムで開催された 【宇都宮徹壱】

 頭では理解しているつもりだった。しかし実際に「その日」を迎えてみると、やっぱり何かが違った。衆議院選挙を翌日に控えた12月13日、横浜の日産スタジアムで天皇杯決勝が行われた。当連載でもたびたび言及してきたが、来年1月開催のアジアカップに出場する日本代表に配慮する形で、今年の天皇杯はワールドカップ(W杯)開催中の7月から前倒しでスタートしていた。その結果、大会は3回戦以降のほとんどがミッドウィークの夜に行われ、各会場の入場者数は軒並み寂しい数字となった。

 Jリーグのすべての日程が終了した、最初の週末に行われる決勝。横浜の空はからりと晴れ渡っていたが、やはり元日の空気とは何かが決定的に違っている。それはおそらく、こちらの気分の問題なのだろう。前日までに年賀状を慌ててポストに投函し、日頃の怠惰を悔いながら大掃除に精を出し、除夜の鐘を聞いたらさっさと就寝して翌朝迎える「元日・国立」。それは、キリリと張り詰めた新年の空気と分かちがたいものとなって、われわれ日本のサッカーファンの間で共有されて久しい。

 天皇杯決勝が元日に設定されたのは1968年の第48回大会のことであった。68年といえば、メキシコ五輪で日本が銅メダルを獲得した年である。その4年前の東京五輪を契機に始まった、いわゆる「第一次サッカーブーム」は、このメダル獲得によってピークに達したが、「冬の時代」への足音もひたひたと近づいていた。手元の資料によると、69年のJSL(日本サッカーリーグ)の入場者数は、前年から22%も落ち込んだという。「明治神宮の参拝客は250万人もいるので、その1%でも来場してもらえれば」というアイデアから、天皇杯決勝は「元日・国立」で固定化され、以来46年間続くこととなる。

 それから時は流れ、日本に再びサッカーブームが興(おこ)り、さらに世界のサッカー情勢も大きく変化した。わが国のサッカーカレンダーは過密化の一途をたどり、伝統あるカップ戦の改革が叫ばれるようになる。そのひとつの試みが、今大会の前倒し開催であった。確かに、今のままではよろしくないことは私も承知している。しかし、今大会について言えば「とにかく試合が消化されること」ばかりが優先され、しかも集客のための工夫がほとんどなされなかったため、スタンドの風景は何とも無残なものとなってしまった。天皇杯という大会に思い入れがある者のひとりとしては、実に寂しい限りである。

3冠か、それともACL出場か?

「3冠」のゲートフラッグが林立するG大阪のゴール裏。快挙まであと1勝 【宇都宮徹壱】

 そんな今大会の決勝のカードは、ガンバ大阪対モンテディオ山形と決まった。前回大会が、サンフレッチェ広島と横浜F・マリノスによるJ1リーグの1位・2位対決だったことを思えば、何だか3回戦のカードのようにも見えてしまう。が、少なくとも今大会に関していえば、非常に見どころの多い顔合わせであると言えよう。

 G大阪は今季、ヤマザキナビスコカップとJ1リーグを制しており、この天皇杯で優勝すれば2000年の鹿島アントラーズ以来となる3冠達成となる。昨シーズンはJ2に所属していたこと、そしてW杯による中断期間前までリーグ戦は降格圏内の16位にまで沈んでいたことを考えれば、今季のG大阪はまさに神がかり的な快進撃であった。3冠達成の暁には、彼らの快挙は14年前の鹿島以上に、日本のサッカーファンの記憶に刻まれることになるはずだ。

 対する山形は、今季のJ2リーグは6位に終わったものの、J1昇格プレーオフでは準決勝でジュビロ磐田を、そして決勝ではジェフユナイテッド千葉を、いずれも劇的な勝利で撃破して4シーズンぶりのJ1復帰を果たしたばかり。とはいえ、クラブ史上初の天皇杯ファイナリストとなっただけに、モチベーションの維持に苦しむことはないだろう。それどころか、天皇杯覇者となった暁には、いきなりACL(アジアチャンピオンズリーグ)の出場権が得られるのだ。クラブの歴史を塗り替えるミッションは、今も継続中である。

 スタイルも異なれば、戦力的にも差がある両チーム。だが、ひとつだけ共通点がある。それはリーグ終盤の過密日程にあって、天皇杯の準々決勝以降をベストメンバーで戦ってきたことだ。G大阪は、リーグ戦で負傷した米倉恒貴(サブ)と阿部浩之(ベンチ外)を除けば、ほぼベストメンバー。対する山形は、キム・ボムヨンが出場停止、そして川西翔太は期限付き移籍の契約により、古巣のG大阪と対戦できないためベンチ外となった。その代わり、出場停止明けの當間建文、そしてプレーオフ決勝で温存していたディエゴが戻ってきたのは心強い限りであろう。

 戦力的にはG大阪が上回っているのは明白。とはいえ山形には、先の準決勝、そしてプレーオフ2試合と、この3週間で「負けたら最後」の試合に勝利し続けてきたという実績と自信がある。加えて、第三者のシンパシーを受けやすいのも、おそらく山形であろう。練習場の雪かきを買って出る地元住民の姿や(その多くがお年寄りである)、浦和レッズからやってきた守護神・山岸範宏のサイドストーリーなどが中央のメディアでも取り上げられるようになり、それまでJ2のローカルクラブだった山形が大きくクローズアップされることとなったからだ。3冠とACL出場を懸けたファイナルは、14時にキックオフを迎えた。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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