母国で好対照なクルピとオリヴェイラ Jリーグで確かな実績を残した2人の今

沢田啓明

鹿島でJリーグ史上初の3連覇を成し遂げたオリヴェイラ。今季はブラジルの名門サントスを率いた 【写真:アフロスポーツ】

 近年、Jリーグで確かな実績を残した2人のブラジル人監督が、今シーズン、母国の名門クラブを指揮した。鹿島アントラーズを率いて2007年からJリーグ史上初の3連覇を成し遂げたオズワルド・オリヴェイラと、昨年に退任するまで延べ7年余りにわたってセレッソ大阪の指揮官を務め、香川真司、柿谷曜一朗、清武弘嗣、山口蛍、乾貴士らを育てて日本代表へ送り込んだレヴィー・クルピである。

 各々が置かれた環境と状況が異なっていたとはいえ、結果として、明暗が分かれた。

ボタフォゴで結果を残し名門サントスへ

 オリヴェイラは、11年末に帰国すると、12年から2シーズン、リオデジャネイロの古豪ボタフォゴの監督を務めた。12年はブラジル全国リーグ(全20チーム)で7位にとどまったが、昨年は4位と健闘。クラブに18年ぶりのコパ・リベルタドーレス出場権をもたらした。

 この実績を買われて今年1月にサントスへ招かれると、サンパウロ州リーグで決勝へ進んだ。相手は中堅クラブのイトゥアーノで、サントスが圧倒的に有利とみられていたが、まさかの敗戦。準優勝でありながら、地元メディアとサポーターから批判を浴びた。

 4月中旬に開幕した全国リーグでは、ワールドカップ(W杯)前(第9節終了時点)まで10位と出遅れる。W杯による中断期間を利用して行った合宿で守備組織の整備には成功したが、攻撃は連携を高めることができなかった。
 
 昨年末、インテルナシオナルから国内クラブ間では史上最高の4200万レアル(約19億円)の移籍金で加入した元ブラジル代表センターFW(CF)レアンドロ・ダミアンが、度重なる故障もあって極端な不振。若手のFWや攻撃的MFが伸び悩んだのも痛かった。やむなく中盤を省略してロングボールに頼ったりもしたが、ゴールは遠かった。

成績、内容ともに伴わず解任へ

成績もさることながら、ピッチで見せたサッカーもサポーターには不評だった 【Getty Images】

 サントスは、ペレ、コウチーニョら天才ストライカーを擁して1960年代に黄金時代を築いた名門中の名門だ。その後も、ロビーニョ(前ミラン、現サントス)、ジエゴ(現フェネルバフチェ)、ネイマール(現バルセロナ)ら傑出したアタッカーを輩出しており、攻撃的スタイルが伝統だ。成績もさることながら、「守備は堅いが、腰が引けたような攻撃」(地元紙)はサポーターから不評だった。

 サントスでは、今年12月にクラブの会長選挙が行なわれる。現体制を維持しようとする役員たちが普段にも増して短期的な成績にこだわったことも、オリヴェイラにとっては不運だった。

 W杯後の9試合で3勝6敗と大きく負け越して順位が11位まで落ちると、9月2日、クラブから解任を言い渡される。オリヴェイラは、「寝耳に水。ここからチームを立て直す自信があった」と地元メディアに憤懣(ふんまん)をぶちまけた。

 とはいえ、ブラジルのビッグクラブは常に地元メディアとサポーターから強いプレッシャーを受けており、結果にこだわって監督のクビを頻繁にすげかえることは、オリヴェイラもよく分かっていたはず。これが日本のクラブであれば解任されることはなかったかもしれないが、ブラジルの実情に見合うような成績を残せなかったことは否定できない。

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著者プロフィール

1955年山口県生まれ。上智大学外国語学部仏語学科卒。3年間の会社勤めの後、サハラ砂漠の天然ガス・パイプライン敷設現場で仏語通訳に従事。その資金で1986年W杯メキシコ大会を現地観戦し、人生観が変わる。「日々、フットボールを呼吸し、咀嚼したい」と考え、同年末、ブラジル・サンパウロへ。フットボール・ジャーナリストとして日本の専門誌、新聞などへ寄稿。著書に「マラカナンの悲劇」(新潮社)、「情熱のブラジルサッカー」(平凡社新書)などがある。

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