英国で世界に挑む大竹秀典が歩んできた道=叩き上げボクサーが狙う史上初の快挙

船橋真二郎

毎日コツコツと積み重ねた練習の日々

「今までの負けないスタイルにプラスアルファで、いかに倒すかをスパーリングで試行錯誤している」と後半決着で勝負をつけるための形を追求している 【スポーツナビ】

 それから10年。まったくの叩き上げが、世界の舞台にたどり着いた。所属する金子ジムの金子賢司トレーナーは「とにかく毎日コツコツと練習を積み重ねる。その才能に尽きる」、大竹は「絶えず、今」だと言う。今、その瞬間にベストを尽くし、その今を積み重ねているうちに道ができていた。新人ボクサーの登竜門である新人王トーナメントには2年続けて出場した。1年目は東日本新人王決勝に進み、アゴを骨折しながら最後まで戦い抜き、引き分け敗者扱い。2年目も同じ決勝の舞台に進んだが、判定で敗れた。大竹が負けたのは、その一度きりだ。「勝つためにどう戦うか、どういうボクシングを目指すか」。そんな今にひたすら集中しているうちに、ボクシングを通して自分と向き合い続けてきた大竹は、純粋にプロボクサーとしての自分と向き合うようになっていった。

「ボクシングは、人との出会いを含め、自分をいい方向に導いてくれるもの」と大竹は言う。『横浜ビール』の太田久士社長との出会いもそのひとつだろう。太田社長と大竹との出会いは、まだ日本王者になる前の3年前。もともと太田社長がジムの会員だったことが縁で大竹の試合を観戦した。その大竹の試合に感銘を受けた太田社長が祝勝会に参加。上京以来、飲食店でバイトをしてきた大竹は、その場で社員に誘われたのだという。「熱意を持って、自分に投資してくれた。そこに真剣さや想いがあるか、が社長のモットー。考え方も合った」。以来、直営レストランの厨房で働くなど、サポートを受ける。

王者の焦りを誘いながら後半勝負へ

日本人選手が英国で行われる世界戦のリングに立つのは、約46年ぶり2人目。過去に欧州から世界のベルトを持ち帰った日本人選手は1人もいない。自身が人生2度目の海外、初の外国人選手との対戦と初めて尽くしの中で快挙に挑戦する 【スポーツナビ】

 出会いと言えば、こんな出会いもあった。10年12月、日本6位の大竹が後楽園ホールに迎えたのは、36歳の福島学。世界挑戦経験もあるベテランを6回終了TKOで退け、これが福島の最後の試合になった。同郷の元王者に引導を渡した3戦後、大竹は日本王者となった。もちろん大竹に特別な感慨などはなかった。だが、その前の試合で7年ぶりとなるタイトルマッチにこぎ着けるも、日本王者に一方的に敗れ、一度は引退を宣言していた福島と、最後に拳を交えることになったのだから、何とも運命的ではある。何より、ほんの数年前までポスターを見る側だった普通の青年が、自身の試合で人を惹きつけるようになり、英国で世界戦のリングに立つまでになったのだから。
 
 試合会場のエコー・アリーナは満員札止め。1万3千の大声援がクイッグの背中を後押しすることになりそうだ。海外には「社員旅行で韓国に一度行ったことがあるだけ」。外国人選手との試合経験もない。だが、「あまり気にはしてないし、それで世界王者になれば、人ができない形でなったということなので達成感があると思う」と頼もしい。意気込みだけではない。大竹のボクシングは一言で表現すれば、負けないスタイル。挑戦者として「今までのスタイルにプラスアルファで、いかに倒すかをスパーリングで試行錯誤している」。前半を乗り切り、王者の焦りも誘いながら、その瞬間をうかがう。日本人選手が英国で行われる世界戦のリングに立つのは、約46年ぶり2人目。過去に欧州から世界のベルトを持ち帰った日本人選手は1人もいない。叩き上げの男が史上初の快挙を狙う。

2/2ページ

著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント