英国で世界に挑む大竹秀典が歩んできた道=叩き上げボクサーが狙う史上初の快挙

船橋真二郎

いまだ負けなしの世界王者に挑戦

現地時間11月22日、英国で無敗の王者スコット・クイッグの持つWBA世界スーパーバンタム級タイトルマッチに挑戦する大竹秀典 【スポーツナビ】

 前日本スーパーバンタム級王者の大竹秀典(金子)が、現地時間22日に英国リバプールで行われるWBA世界スーパーバンタム級タイトルマッチに向けて、調整を進めている。2005年12月のデビューから、22勝9KO1敗3分の戦績を残してきた33歳の大竹は、これが世界初挑戦。10月半ばに急きょ転がり込んできたオファーだったが、勤務している『横浜ビール』には、挑戦決定と同時に休暇願いを出した。「一生に一度、あるかないかもわからないようなチャンス。悔いを残したくなかった」と、約1カ月と決して長くはない準備期間をボクシング一本に集中し、最善を尽くす。

 大竹が挑む世界王者のスコット・クイッグ(英国)は、29勝22KO2分といまだ負けなしの26歳。今回が5度目の防衛戦で、現在3連続KO防衛中とKO率7割の強打を誇る。スパーリングではパワー対策も兼ね、ジムの後輩で5階級上の日本ウェルター級10位・藤中周作とも手合わせしている。大竹は「ウェートがあるし、パンチは痛いですよ」と言いながら、パワー負けするような様子はない。大竹の持ち味のひとつがフィジカルの強さ。派手さはないが、対戦相手をじわじわと接近戦に巻き込むスタイルで、日本タイトルを4度防衛した。大竹が「体を密着させた距離で嫌がらせたい」と言えば、金子賢司トレーナーも「中間距離で余計なことはせず、くっついたらグイグイ押し込みたい」と言う。大竹のタフネスも生かし、王者を疲れさせた後半勝負で2人の意見は一致する。

夜遊びの帰りに見た福島学のポスター

毎日コツコツと練習を積み重ね、日本王座を4度防衛するなど実績を積んできた大竹 【スポーツナビ】

 同じ金子ジム所属で、11年8月にジム初の世界王者となった元WBA世界スーパーフライ級王者の清水智信とは同い年。だが、名門・東京農業大学ボクシング部で主将を務め、アテネ五輪強化指定選手にも選ばれた清水とは、その歩みは実に対照的だ。目立ったスポーツ歴はない。「中学のときは卓球部に所属してましたが、行ってなかったし、高校も何もやらずに遊んでました」。強いて言えば、仙台の専門学校に進んだときに趣味でサーフィンに熱中したくらい。高校、専門学校と建築科だったが、故郷の福島県郡山市に戻ってからは飲食店に割り箸や包装資材などを配送する会社で働き、仲間と遊ぶだけの毎日だった。そんな大竹がボクシングを始めたのは「ひたすら、自分に挑戦しようと思って」。もっと噛み砕くと「自分を戒めるため」だったという。

 象徴的なエピソードがある。大竹がまだ地元で「毎週末に仲間と集まって、酒を飲んで。そんな生活をしていた」頃のことだ。その帰り道、たばこと寝酒の缶ビールを買おうとコンビニに寄ったとき、電柱に貼られたポスターが目にとまった。元東洋太平洋・日本スーパーバンタム級王者の福島学の試合を告知するものだった。「紹介文に隣の中学出身とあって。こんなにすごい人が地元にいたのかと、びっくりした」。ボクサーと言えば、「きつい減量に、酒もたばこも全部ダメ。我慢、禁欲のイメージだった」。つまり、当時の大竹とは正反対。仲間と飲み明かした早朝に、こうしてポスターと向かい合っている自分とは、まるで別世界の人と思えた。

「ひたすら自分に挑戦しようと思って」上京

強打のクイッグ対策としてジムの後輩である5階級上の日本ウェルター級10位・藤中周作とのスパーリングを敢行。力負けしないフィジカルの強さが大竹の持ち味でもある 【スポーツナビ】

 大竹が地元のアマチュアのジムでボクシングの練習を始めたのは、それから程なく21歳のときだった。福島の存在を知ったことが、直接の契機になったわけではなかった。だが、日々のふとした出来事や出会いに、自分を突きつけられる、顧みる。そうした感性を持っていたことはうかがい知れるのではないか。その日々の中で「目標もなく、すべて中途半端で、のうのうと生きてきた自分が無性に嫌になってきて」。ボクサーを目指したわけではない。そんな自分に対し、厳しいトレーニングを課すことだけが目的だった。仕事もある。気が置けない仲間もいる。そのまま流されていれば、それなりに大変で、それなりに楽しい暮らしが約束されていたかもしれない。大竹はその流れに逆らおうと決めた。

 ジムに勧められて、アマチュアの試合にも出た。「本当は、すごく嫌だったんですけど、嫌なことを避けていては、今までと同じだと」。地元のワンマッチの小さな大会に2度出場し、2度とも勝った。厳しいトレーニングの先の達成感を知った。東京でプロに。そう思い立った。23歳のときに上京。当時はまだ小田急線の車窓から見えた下北沢の金子ジムに飛び込んだ。成功を夢見たわけではない。居心地のいい地元を離れ、もっと厳しい環境に身を置こうと決めたのだ。「ひたすら、自分に挑戦しようと思って」。自分の弱さと向き合うことが大竹の課した目標だった。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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