松本山雅、サポーターとともに悲願の頂へ 飛躍の要因は反町イズムの浸透と背番号3

元川悦子

選手の長所を生かしたセットプレー

昇格決定を喜ぶ反町監督。細部にこだわながら1つ1つの勝利を追い求めた 【写真は共同】

 守備面を改善する一方、飯田真輝や犬飼智也、塩沢勝吾らヘディング力のある選手が多い点に着目し、リスタートからの得点パターンを研ぎ澄ませていったことも、J1昇格の大きな原動力となった。「ウチは足元でパスをつなぐ回数がJ2で下の方。浮いたボールに頼っているのは恥ずかしいことだ」と反町監督はしばしば自虐的に話していたが、選手の長所を生かしたスタイルを突き詰めるポリシーは一貫していた。13年8月の岩上祐三の移籍もバリエーションを広げるのに有効で、ロングスローがすべてゴールチャンスになりそうな雰囲気さえ漂わせた。

「ソリさんは本当にサッカーが好きな人」と船山もしみじみ語っていたが、この3年間でどれだけの時間を対戦相手の分析に費やしたか分からないくらいだ。そうやって徹底的に細部にこだわりながら1つ1つの勝利を追い求めていく指揮官の姿勢にチーム全体が呼応。12年の12位、13年の7位、今季の2位と着実に順位を上げることができたのだ。

 とはいえ、開幕ダッシュに成功した今季も、2シーズン連続2ケタ得点を記録していた塩沢が5月24日のジュビロ磐田戦で左アキレス腱を断裂するなど、危機がなかったわけではなかった。この負傷を受けて補強した山本も前線でなかなか起点になれずに苦労していたし、期待の大きかったサビアもシーズンを通して調子が上がらずじまいだった。FWのやりくりには反町監督も本当に頭を悩ませたに違いない。それでも現時点での通算得点を湘南、磐田に続く3位まで引き上げられたのも、セットプレーを絶対的武器にできたから。船山の爆発ももちろん大きかったが、苦しい時に飛び道具で点を取れるチームはやはり強い。

背中を押した田中隼磨の存在

松田の遺志を継いで故郷に戻った田中は、けがで選手生命の危機にひんしながらも懸命にチームを支えた 【写真:アフロスポーツ】

 松田の遺志を継いでJ1昇格のために今季から故郷に戻った田中も、右ひざ半月板損傷で選手生命の危機にひんしながら、文句ひとつ言わずにチームを支えてくれた。ミスが起きれば容赦なく怒鳴ってくれる彼に背中を押されたチームメートも少なくなかった。若い犬飼や山本などはまさにその象徴だろう。厳しい雰囲気がピッチ内外に持ち込まれたことで、チームはプロフェッショナルにまた一歩近づき、とうとうトップリーグに名乗りを上げることに成功した。

 とはいえ、今季J1に初参戦した徳島ヴォルティスが30節まで終了時点でわずか3勝しかできずに1年でJ2降格を余儀なくされた通り、J1定着というのはそう簡単なことではない。似たような環境にいるプロヴィンチャのヴァンフォーレ甲府も2度の降格を味わい、今季もJ1に残留できるかどうかの瀬戸際にいる。「何度も昇格降格を繰り返しているとマンネリ化が起きて、お客さんの減少にもつながりかねない」と甲府の海野一幸会長も厳しい表情で語っていたが、急激すぎる上昇曲線を描いてきた山雅が同じ道をたどらないとも限らないのだ。

 反町監督がかつて指揮を執った新潟、あるいは12年のJ1初参戦時から上位争いを繰り広げているサガン鳥栖のようにJ1定着を果たすためには、それなりの戦力補強や攻守両面での質の向上が求められる。来季に向けての体制作りはこれからだが、指揮官の去就、現有戦力をどのくらい残留させられるかを含めてまだまだ不安要素が少なくない。山雅は年間運営費が10億円を少し超えた程度で、大規模スポンサーがいるクラブではない。J1に昇格したからといって、運営費が大幅に増えるはずもない。大胆な補強ができる環境ではないだけに、クラブとしての経済的基盤をいかに整えていくかも早急に考えるべき重要テーマだ。

環境を整え、真の頂を目指す

真の頂はJ1優勝。彼らの本当の勝負はここから始まる 【写真は共同】

 環境面の整備も必要不可欠である。来年4月から松本市内に建設中の天然芝トレーニング場を利用できるようになる予定だが、筋トレルームやリラックスルーム、食事のできる場所が併設されるわけではない。田中が「落ち着いて筋トレをする場所もない」と嘆いていたことがあったが、選手たちがベストコンディションを維持できるような体制を整えてこそ、J1クラブにふさわしい。

 下部組織にしてもまだまだ脆弱(ぜいじゃく)だ。「新潟は10年経ってアカデミーから酒井高徳(現シュツットガルト/ドイツ)が出てきた。松本は10年かかることを5年、5年かかることを3年でやらないといけない」と反町監督も口が酸っぱくなるほど繰り返していた。地元出身の田中も「松本から代表になる選手が出て初めて本当の成功だと思う」と強調したが、そうやって優れた選手が出てくる環境が整わなければ、熱狂的なサポーターが待ち望む結果は手に入らないだろう。

 アルウィンのホームゲームでは、ゴール裏に「雷鳥は頂を目指す」という横断幕が常に掲げられている。山雅という雷鳥にとっての真の頂はJ1優勝だ。その高みを目指して、彼らの本当の勝負はここから始まる。

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著者プロフィール

元川悦子

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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