福島と湘南をつなぐもの J2・J3漫遊記 福島ユナイテッド<後編>

宇都宮徹壱

「軍師」竹鼻GMが福島を面白くする!

福島の「軍師」こと竹鼻GM。湘南でクラブ経営のノウハウを学び、鳥取を経て2年前から現職 【宇都宮徹壱】

「最近ですか? 県内の農家や農園を回ることが多くなりましたね」──。久々に再会した、福島ユナイテッドFCの竹鼻快(たけはな・かい)GMは、そう言って笑った。サッカークラブのGMが、なぜ農家や農園をはしごしているのか。当人に説明してもらおう。

「ご存じのとおり、福島は米や野菜や果物の産地として有名ですが、原発事故後の風評被害に苦しんでいます。それを払しょくするには、パンフレットを作るよりも、アウェーの会場で直販したほうが絶対アピールになるし、お客さんにも喜ばれる。そういうお話をさせていただいて、今ではあちこちの農家の方々から農作物を買い取らせていただいています。逆に農家は、今はどこも後継者不足です。だからウチの選手に、週に何回か農作業のアルバイトさせることも考えています。農家にとっては労働力の確保になるし、選手も収入が増える上に農作業のノウハウが学べる。セカンドキャリアにつながるかもしれない(笑)」

 ちなみに最近は、クラブとしてりんごの木を4本購入。来年は桃の木の購入も検討しているという。「クラブとして農園を始めたら、間違いなくJリーグ初ですよね!」と、冗談とも本気ともつかぬ口調で語る竹鼻だが、この人がGMに就任してから明らかに福島は面白くなった。仙台出身の38歳。大学卒業後、プロパーで湘南ベルマーレのスタッフとなり、そこで運営、営業、強化といったさまざまなノウハウをたたき込まれた。

 その後、「何か新しいチャレンジがしたい」という強い欲求に突き動かされ、当時JFL所属のガイナーレ鳥取のGMに31歳で就任。人口最小県にJクラブを誕生させるという、極めて難易度の高いミッションを達成すると、今度は震災と原発事故の余波に苦しんでいた福島のGMに就任することを決断する。竹鼻の入閣をフロントに進言したのは、湘南でのプレー経験があり、その能力を高く評価していた時崎悠監督(当時)だった。

 2年前の秋、福島はJFL昇格を懸けて、3度目のチャレンジとなる全国地域リーグ決勝大会を控えていた。クラブ社長の鈴木勇人は、まるで風来坊のように現れた竹鼻を「まさに軍師のようでしたね」と語る。すでに雪がちらつく福島を離れて、決勝ラウンドの会場となる長崎で練習場を確保できたのは、竹鼻のその幅広い人脈と巧みな交渉能力のおかげであった。もちろん、監督の時崎に戦術的なアドバイスをしていたかもしれないが、それ以上に竹鼻が力を発揮したのは、選手に最大限の力を発揮させるためのマネジメント能力であった。しかし当人は、そうした周囲の評価をまったく気にかける様子もない。

「福島での仕事は、いろんな意味でリスクがあるのは分かっていました。でもどうしても、そういう話に飛びついてしまう性格なんですよね。気がついたら、敵陣目掛けて夢中で刀を振り回しているような、そんな感じでしたよ(笑)」

「福島スタイル」を模索する栗原監督

今季から福島で指揮を執る栗原監督。竹鼻GMからの電話を受けて「福島の本気度を感じた」と語る 【宇都宮徹壱】

 今季から福島を率いる栗原圭介は41歳。現役時代はヴェルディ川崎、ベルマーレ平塚(いずれも当時)、サンフレッチェ広島、アルビレックス新潟、ヴィッセル神戸、そして栃木SCでプレーした。引退後、神戸のスクールコーチやU−15の監督、そして甲南大学サッカー部コーチを歴任。昨年S級ライセンスを取得し、そのまま神戸でのキャリアアップを漠然と考えていた。そこに「来年、福島で監督をやってほしい」というオファーが舞い込む。声をかけてきたのは、湘南時代に面識のあった竹鼻であった。以下、栗原の証言。

「(去年の)夏にも福島から軽く打診があったんですけど、11月に竹鼻から直接コンタクトがあったので、本気度を感じましたね。12月に初めて福島を訪れて、鈴木社長、時崎監督、竹鼻と面談して、自分が必要とされていることを知りました。神戸には家族と一緒に8年間暮らしてきたので、その点では迷うところもありましたけれど、縁がある人から必要とされていると言われれば、こんなにうれしいことはないですよね」

 一方、オファーを出した竹鼻によれば、S級ライセンス取得者のリストを上から読み込んで、一番最後にあった(すなわち、つい最近取得した)栗原の名前を見て、「クリさんしかいない!」と決断したという。以下、竹鼻の証言。

「福島の監督の条件としては、サッカー以外の部分もしっかり見てくれることなんです。今いる選手を、どう育てていって、新しいチームを作っていくか。そのためのパートナーになってほしい。正直、J3のクラブですから、施設面でも戦力面でも、監督としてはストレスを感じることは少なくないと思います。そうした環境でも、一緒に『福島スタイル』を作っていきましょう、ということは最初にお話しましたね。あと、湘南との提携の絡みも頭にあって、ベルマーレのキャプテンだったクリさんが今でも湘南サポに慕われていることも大きかった。正式発表をした時にも、福島よりもむしろ湘南方面での反響がものすごかったですね(笑)」

 竹鼻の発言の中にある「湘南との提携」については、あとで詳しく述べる。いずれにせよ、初めてトップチームの監督となる栗原にとって、福島でのキャリアは決して悪い話ではなかった。J3には基本的に降格のリスクはない。サポーターもスポンサーも、チームが発展途上にあることは十分に認識している。そんな中、真っ白なキャンバスに自分が思い描くサッカーを表現できる今の仕事は、単身赴任の苦労を差し引いても十分にやりがいが感じられるのではないか。実際、栗原は十分に手応えを感じている様子であった。

「求めているスタイルは、自分たちが攻守ともに主導権をもってプレーすることです。みんなが理解した上で、ボールも人も動けるようになれば、見ていて楽しいサッカーになる。今は多くのことを伝えているので、ちょっと混乱している選手もいるにはいますが、そこはスクールや大学で教えてきた経験を生かしたいと思います。どっちかというと、強化というよりも育成に近い感じですね。公式戦を通して、選手を育てている感じ。J3ならではと言えるかもしれませんが、クラブにきちんとしたビジョンがあれば、それもありだと思います」

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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