稲葉篤紀が坪井智哉に語った引き際の哲学 こだわり続けた“全力疾走”

ベースボール・タイムズ

9月2日の引退表明後も2本塁打を放ち、活躍を見せる稲葉。5日の引退試合でも「いつも通り」のプレーを坪井氏は期待する 【写真は共同】

 プロ生活20年を過ごし、今季限りで引退する42歳、稲葉篤紀――。現役最後の公式戦となる10月5日の東北楽天戦(札幌ドーム)を前に、元同僚で同じく今年8月に現役引退した坪井智哉氏に、その魅力を聞いた。1学年下のバットマン、そして北海道日本ハム時代にレギュラーの座を争った男から見た“稲葉篤紀”とは?

常に手を抜かずに全力疾走

――まずは現役生活、お疲れさまです。時を同じくして現役から退くことが決まった稲葉選手ですが、あらためて坪井さんの目から見てどういった選手でしょうか?

 とにかく手を抜かない選手ですね。攻守交代の時に自分の守備位置までのダッシュすることもそうですし、平凡な内野ゴロの際に普通なら8割ぐらいの力で走っていいところを常に全力疾走する。そこはもうプロ野球選手以前の問題だと思います。たとえ誰も見てなくても常に全力で走ると思います。稲葉さんの頭には「周りにバレなきゃいいや」というような感覚はないと思います。

――“全力疾走”は稲葉選手の特徴としてよく言われていますが、やはりやろうと思ってもなかなかできない?

 そうですね。口で言うのは簡単ですけど、なかなかできることじゃない。打ち損じた時などは、絶対に「クソッ」っていう悔しさが先に来るはずなんですけど、そう思う前に走り出していますからね。稲葉さんが自ら「一塁まで全力で走ろうぜ」とかを口に出して言うことではなかったですけど、あの人の背中を見て全力疾走を始めた選手は多かったですね。稲葉さん自身も、特に新庄(剛志)さんが2006年を最後に引退されてからは、「俺がやらなきゃ」という気持ちがあったと思います。

――あらためて稲葉選手のバッティングの“すごさ”というのはどういった部分でしょうか?

 専門的な話になると伝えるのが難しいですが、(バットの)ヘッドが下がらないとか、高めでも体が浮かないとか、特徴はいろいろあります。稲葉さんのインコースに対する強さは「内角のさばきがうまい」というような単純な言葉では片付けられないと僕は思います。普通だったらバットが寝てしまうコースのボールに対して、稲葉さんは力強いスイングができる。あのバット軌道というものは天性のものですね。

出会ったのは大学時代、いい人というイメージだけ

――坪井さんが稲葉選手と初めて会ったのはいつごろか覚えていますか?

 実は僕がプロ入りする前から面識がありました。大学が、稲葉さんは(東京六大学リーグの)法政大で、僕は(東都大学リーグの)青山学院大で、リーグも違うので特にゆかりはなかったんですけど、共通の知り合いがいたことでお会いする機会があったんです。それから稲葉さんがプロに入って、1年目か2年目のころだと思いますが、僕がまだアマチュア時代に「実はバットが欲しいんですけど……」と電話したことがあった。電話を取ってくれること自体すごいなと思うんですけど、第一声が「おう、ツボ、どうした?」だった。ただのアマチュアの人間を相手に「そういう反応で電話を取ってくれるプロ野球選手がいるんだな」と思ったのは今でも覚えています。人との壁がない。いい人というイメージしかないですね。

――プロ入り当初、稲葉選手はヤクルト、坪井さんは阪神。セ・リーグの敵同士になりましたが?

 そうですね。でもまぁ、チームが違っても敵対するわけではないですからね。球場で会ったらあいさつするという感じでした。野球の話をするようになったのは、日本ハムでチームメートになってからでしたね。もともと壁みたいなものはなかったですし、稲葉さんが日本ハムに来た時は「ようこそ!」という感じでした。

――坪井さんが日本ハムに移籍したのが03年、その2年後の05年に稲葉選手が日本ハムに加入しました。今度は同じ左打ちの外野手としてレギュラーを争うライバルという立場になりましたが?

 確かに同じポジションで、同じ左打者でしたけど、ライバルという感じではなかったですよ。日本ハム自体が「チーム全員で頑張る」というような雰囲気がありましたし、その前まで僕がライトを守っていたんですけど、「稲葉さんがライトを守るなら、僕はレフトを守ります」と言った記憶があります。稲葉さんのプレーを見ながら「あの爽やかさは僕には出せないなぁ」と思っていましたけど、ライバル同士で争うようなことはなかったですね。

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著者プロフィール

プロ野球の”いま”を伝える野球専門誌。年4回『季刊ベースボール・タイムズ』を発行し、現在は『vol.41 2019冬号』が絶賛発売中。毎年2月に増刊号として発行される選手名鑑『プロ野球プレイヤーズファイル』も好評。今年もさらにスケールアップした内容で発行を予定している。

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