原博実が示す“世界ベスト10”への課題 技術委員長時代に残した功績と後悔

宇都宮徹壱

後編では、原氏に技術委員長時代に対する自身の評価や後悔を語ってもらった 【宇都宮徹壱】

 このほどJFA(日本サッカー協会)技術委員長を退任した原博実氏へのインタビューの後編をお届けする。前編では、ハビエル・アギーレの監督就任までのいきさつやワールドカップ(W杯)ブラジル大会での敗因について、当事者としての立場から振り返っていただいた。

 後編では、技術委員長というポジションにフォーカスしながら、4年後のW杯ロシア大会に向けたアジア予選のフォーマット変更、来年1月にオーストラリアで開催されるアジアカップの位置づけ、そして技術委員長退任にあたっての自己評価についても語っていただいた。また原氏に向けられた批判についても、可能な限り本人の言葉を引き出してみた。とはいえ、60分という限られた時間で、こちらが用意した質問すべてを聞けたわけではないし、今はまだ明らかにできない話も少なくないだろう。いつの日か原氏には、技術委員長時代の回顧録を書いていただきたいと個人的には思っている。(取材日:9月2日 インタビュアー:宇都宮徹壱)

責任を取って辞めることが日本サッカーのためになるのか?

――ここからは技術委員長という役職にテーマを絞りながらお話をうかがいたいと思います。(アルベルト・)ザッケローニ監督時代の4年間で、時おり監督から意見を求められることがあったと思います。時にはメンバー選考や戦術面について、原さんがサジェストすることもあったのではないかと思うのですが?

 意見を求められることはありましたよ。「上から(試合を)見ていてどうだった?」とか「あの選手はどう見えた?」とか、聞かれれば自分の意見は伝えました。でも、誰を入れようとか使ったらいいとか、そういうことを言ったことはないです。僕も監督をやった人間だから分かりますが、最終的に戦い方やメンバーを決めるのは監督でありコーチングスタッフです。われわれの仕事は、メンバーの選考に口をはさむことではなくて、合宿をいつどこでやるか、Jリーグやクラブとの調整、そして対戦相手との交渉、そういったことですよね。

――原さんが技術委員長になられたのが2009年の2月。そして専務理事に就任されたのが昨年の12月でした。以来、10カ月にわたって両方の職務を兼任されていたわけですが、兼任の是非を問う声は常にあったかと思います。その点についてはいかがでしょうか?

 ご存じのように、専務理事にしても技術委員長にしても、1人でできる仕事ではありません。ですから、専務理事補佐を付けてくれて、(14年の)W杯までという期間限定で技術委員長と専務理事を兼任することになりました。

 専務理事の仕事は、協会のリフォームの他、スポンサー契約やFIFA(国際サッカー連盟)との標準規約など、多岐にわたっていて、確かに両方をやるのは、なかなか大変でした。でもさっき言ったように、全部1人でやるのではなく、いろいろな人と話をしながらやってきました。もちろん、いろいろな考え方があると思いますよ。それだけの要職だから、違う人がいいんじゃないかっていう意見も当然あると思います。

――原さんが技術委員長になられてから、代表監督の選出のプロセスも含めて非常に明快になったと思っていて、そこの部分に関しては高く評価すべきだと思っています。しかし一方で、今回のW杯が思わしくない結果に終わったことについての責任を問う声がファンの間から出ているのも事実です。その点についての原さんのお考えは?

 今まで代表監督をどういう決め方をしていたか、それについては、僕はすべてを把握している訳ではありません。でも、たとえば理事会で承認されて決めていたとして、結果が出なかったその責任を取って会長が辞めますかという話ですよ。

 技術委員長はA代表の監督選びにおいて、交渉を行いますが、それだけじゃなくて、選手育成やアンダーカテゴリーのこと、Jリーグのことも含め、日本のサッカー全体のことを考えています。そういったことをずっとやってきたポジションの人間が、W杯で結果が出ませんでした、技術委員会は責任を取って全員辞めますってなったらどうなると思いますか? それまでのことが分からない人が来て、また一から作り上げていかなければならない。それが本当に日本のサッカーのためにいいのか。僕はそうじゃないって思っています。

W杯で結果を残すことだけが仕事ではない

W杯で結果を残すことだけが仕事ではない。技術委員長の仕事は多岐にわたる 【宇都宮徹壱】

──継続性が重要な事はもちろん理解できますし、私自身は原さんに辞めてほしいとも思ってはいません。ただ、あまりにも何事もなかったかのように新体制がスタートすることには、やはり違和感を覚えてしまいます。

 たとえば、もしW杯で結果が出せず、(代表監督を)連れてきた人が責任を取るということにするならば、代表監督と同じくらいの待遇とか給料を与えて、代表強化の仕事だけに専念させるべきだと思います。でも、それはできないでしょうし、そういう形にするのがいいとも思えない。かつて協会には強化推進本部という部があったと聞いています。でもその形だと、Jリーグのカレンダーのこととか育成のこととか置き去りになり、代表さえ強くなればいいんだって感じになる危険性もあるわけです。

 僕らの仕事っていうのは、もちろんW杯でいい結果を出すのが最高の目標ですよ。でも一方で、どうやって(次の強化に)つないでいくのかとか、そのための整備をしていくかとか、そういう仕事もある。結果が出ませんでした、はいクビです、というほうがむしろ楽かもしれない。でも、それで本当にいいんですか。過去にはいろいろなことがありましたけれど、今はある程度、継続してやってきている。それで結果が出なくて「ダメじゃん」って言う人もいるかもしれないけれど、トップチームからアンダーカテゴリーまで、1つのコンセプトに基いてやっていくことで何年後かには必ず次のステージに行けると信じてやっているわけです。

──確かにW杯の3試合の結果でもって、これまでの4年間でやってきたことすべてが否定されるべきではないとは私も思います。

 代表の試合って、勝つこともあれば負けることもあるんです。もちろん、負けてもいいとは思っていませんよ。代表を強くするには、国内リーグのレベルを上げていかないといけない。ACL(AFCチャンピオンズリーグ)でなかなか結果が出せないのに、代表だけは勝ってくださいというのも難しい話だし、逆にイングランドみたいにプレミアリーグは活況だけど国内の選手が育っていないというのもダメですよね。やっぱり週末のJリーグのレベルを上げて、同時にサポーターやメディアのレベルも上がっていかないと。ワイドショー的なノリで(W杯が)始まる前は「優勝だー!」って言って、負けたとたんに「何だこりゃ!」っていうような状況を超えていかないといけないと思います。

──国内リーグの競争力を高める必要性は、私も強く感じています。その点について原さんは、技術委員長としての立場からどうお考えでしょうか?

 まずは試合の内容を上げること。そしてカレンダーですね。日本サッカーにとって一番いいカレンダーをJリーグと一緒になって作っていかないと。これまではW杯に出ているんだからってことで、先送りされていた部分があったんですけど、今こそしっかり見直すべきだと思います。そうでないと、日本サッカーが世界のベスト10に入ることは非常に難しい。アジアという地理的なハンディはどうにもならないので、カレンダーも含めて今からやらなければならないことは結構多いです。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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