“4強時代”を変えたシンボルとして=「錦織圭――頂上への序章」後編

WOWOW

錦織は本来、のんびりした若者

全米オープン準優勝を成し遂げた錦織。チャンコーチと取り組んでいる体力強化が結果につながっている 【Getty Images】

 錦織圭(日清食品)の全米オープン決勝進出という快挙には、さまざまな要素が絡み合っている。クルム伊達公子(エステティックTBC)は、1996年のウィンブルドンで準決勝まで進み、日没順延で逆転負けをした時のことを振り返り、こんな話をしていた。

「あのころに屋根があったらなどと言われますが、勝つ時は、そうした必然なのか偶然なのか分からないことがそろってくるんです」

 今回の錦織は、全米まで3週間ほどに迫った段階で右足親指の手術を受けている。のう胞を除去するもので、それ自体は時間が解決する外科的疾患だが、その時間がなかった。ポイント練習を始めたのは現地に入ってから。出遅れは確かで、本人にもマスコミにも期待はなかった。第一の勝因は、この穏やかな気分だろう。錦織は本来、のんびりした若者だ。

 手探りの1回戦を勝ち、2回戦で途中棄権をもらったのはうれしい流れだった。3回戦までストレート勝ちでリズムをつかみ、4回戦のミロシュ・ラオニッチ(カナダ)戦はセンターコートのナイトセッション。宿敵を4時間19分のフルセットで退けた自信が大きい。

全米に見たチャンの影響力

 今シーズン、錦織が繰り返してきた言葉がある。

「体がだいぶ強くなってきているようです」

 体力強化の実感は実戦でしか確認できない。自分で驚いたということは、そのトレーニング効果に自覚がなかったからだろう。ここに昨年オフからコーチに就いたマイケル・チャンの影が見える。

 錦織は、チャンと自分は似たタイプだというが、印象は真逆だ。チャンはストイックな練習と綿密な戦術で体力を補った。彼が育った米国西海岸にアンドレ・アガシとピート・サンプラス(ともに米国)というスターがいたから、彼も必死の努力をして89年全仏オープンの頂点に立った。
 一方、錦織のショットメークは、華麗な技術から発している。こうした天才肌の選手は往々にしてあまり基礎練習をしない。また、体力トレーニングの意味を深く考えたりもしない。必要性を感じないからだ。

 そこにチャンが現れた。錦織の言葉の「〜ようです」という驚きは、そういうことだろう。

 体力は予想以上についていた。3週間ぶりの実戦でプレーへの新鮮さもあった。
 それにしても、カギはラオニッチ戦だった。いま、ツアーで最も強烈なサーブを持っている選手のサービスゲームを5度ブレークしている。このリターンへの評価が、続く準々決勝のスタン・ワウリンカ(スイス)戦、さらには準決勝のノバック・ジョコビッチ(セルビア)戦に反映されていく。ここにもチャンの影を見る。

 ジョコビッチの第1セットのファーストサーブの確率は54%。セカンドサーブからのポイント確率はわずかに25%だった。リターンを警戒すればサーブの確率は落ちる。錦織はそこを狙っていた。ラオニッチ、ワウリンカを倒したことで、ジョコビッチはリターンを意識してくる……チャンはそう読んだだろう。錦織は前日、急遽、練習時間を変更して非公開にした。そこにさえチャンの深謀を見るのは考え過ぎだろうか。しかし、チャンはそうして世界を駆け上がった選手だった。チャンは体力面、戦略面で錦織を強化し、世界のトップで通用する選手へと育て上げた。

1/2ページ

著者プロフィール

新着記事

スポーツナビからのお知らせ

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント