『フェンシングが強い日本』を目指して アジア大会で見えた若手の台頭と課題

田中夕子

100回に1回の勝利

決勝では中国を大逆転の末に破り金メダルを獲得した男子フルーレ団体のメンバー 【写真:伊藤真吾/アフロスポーツ】

 22日に行われたアジア大会(韓国・仁川)フェンシング男子フルーレ個人戦の準決勝。14−14から、最後の一本勝負で太田雄貴(森永製菓)は韓国の許俊に敗れた。

 ロンドン五輪を終え、昨年は2020年の東京五輪招致活動に明け暮れた。五輪以来の本格的な復帰戦。直前までは「1つでも上に行ければ」と謙遜していたが、ピストに上がればやはり、勝負師の心は躍る。
「できることなら金メダルを獲って、チームを勢いづけたかったので、何やってんだろう、というのが正直なところ。相手のほうがこの大会、1本のポイントに懸ける執着心がすごかった。負けるべくして負けました」

 まだまだ本来の調子や、感覚は万全ではない。それならば3位というこの結果も、十分に満足するものであってもいいはずなのだが、そうはいかない事情もある。

 苦笑いを浮かべながら、太田が言った。
「求められるものは高いので、『(銅メダルでは)全然満足いかないよ』という雰囲気がありますから。でも結果を出してきたから、注目されて取り上げてもらえるようになったので。これからも結果を出していきたいと思うので、今回の3番は、全然うれしくない3番です」

 それからわずか3日後。25日に行われた男子フルーレ団体戦で、日本男子は準決勝で韓国を、決勝では中国を破り、同種目で40年ぶりの金メダルを獲得。大会前、太田が「チーム力も個人の力も1枚も2枚も上」と称した中国に、一時は18−25と7点差をつけられたが、そこから太田が11ポイントを挙げ、1点差とした後、終盤の大逆転劇による勝利を収めた。
「世界ナンバーワンの中国に7点差をつけられた状態から勝つことなんて、100回に1回あるかどうか。今日は、その1回がきました」

 まさに有終の美、と呼ぶにふさわしい最高の結末だった。

エペ、サーブル、若手の台頭

女子フルーレ代表に入った宮脇はユースオリンピックで銀メダルを獲得するなど、若手の台頭を表す一人だ 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 06年にドーハで開催されたアジア大会に20歳で初出場した太田が獲得した金メダルは快挙に値し、08年北京五輪で日本にとって初めての銀メダルを太田が獲得した時、フェンシング界は歓喜に沸いた。

 あれから6年。もはやメダルは悲願ではない。

 個人、団体の全種目でメダル獲得。それが、アジア大会に臨むフェンシングチーム、選手に掲げられた目標だった。
 アジア大会の開幕前に行われたフェンシング選手団の記者会見で、男子サーブルの島村智博(警視庁)が「日本のフェンシングと言えば、フルーレというイメージが強いはず」と言ったように、これまでは12年ロンドン五輪の団体戦でも銀メダルを獲得した男子フルーレが、強化の中心となり、日本のフェンシングをけん引してきた。

 しかし近年、齊田守フェンシング協会強化本部長が「男子フルーレを特別視することなく、世界で勝てる選手、個人に対する強化を積極的に行ってきた」と言うように、世界選手権やワールドカップで、エペ、サーブルも上位進出を果たすなど、地道に積み重ねてきた成果が、着実な結果となって表れ始めた。

 特に目覚ましいのは、17歳以下、20歳以下のジュニア世代の台頭だ。

 男子フルーレでは12年の世界ジュニア選手権カデの部(18歳未満)で優勝し、今夏のインターハイでは太田以来となる三連覇を達成した松山恭介(東亜学園)がいる。
 加えて女子フルーレでは8月のユースオリンピックで銀メダルを獲得した宮脇花綸(慶應義塾女子高)がアジア大会にも出場。個人戦では優勝した韓国の全希叔に準々決勝で敗れはしたが、11−12と1本勝負まで持ち込む善戦を展開、自身も「前向きな結果だったと感じている」と言うように、試合を重ねるたびに著しい成長を見せている。

目標は五輪での全種目制覇

 女子サーブルに至っては、アジア大会に出場した江村美咲、高嶋理紗、向江彩伽の3人はJOCエリートアカデミーに所属する高校1年生。特に江村は今年4月の世界ジュニア選手権カデの部で3位、7月のアジア選手権では個人戦で銀メダルを獲得するなど、なかなか世界で勝つことが難しかったサーブルで、ジュニア世代で、サーブルへの転向直後であるにも関わらず、成果を残してきた稀有な存在だ。

 自身も18歳と、史上最年少で04年のアテネ五輪に出場し、長きに渡り日本のフェンシングのためにと先頭に立って行動し、結果を残してきた太田も若手選手の台頭を歓迎する1人だ。
「(アジア大会で)女子サーブルの、経験がない選手たちがこういう場に立ち、こういう舞台を踏めたというのは、すごく大きな価値があると思います」。慣れない生活や環境で試合をして、たとえ相手に圧倒されたとしても、その経験がこれからを戦う武器になる。
 そして同時に、次の課題が明確になる場所でもあると太田は言う。
「今回のアジア大会では、韓国がとてつもないペースでメダル(金8個、銀6個、銅3個)を獲りました。つまり、韓国と勝負できるようになれば、世界でも勝負できるようになるということだと思います」

 団体戦では男子フルーレの金メダルを筆頭に、男子エペが銀、女子フルーレ、女子エペが銅メダルを獲得したが、敗れた試合の相手は、どれも韓国。太田が言うように、これから世界で勝つために、そして、2020年の東京五輪で「全種目で金メダル獲得」を掲げる日本にとって、明確なターゲットであり続ける相手であるのは間違いない。

 リオ、そして6年後の東京、さらに、その先へ向けて。宮脇が言った。
「サーブルも、エペもフルーレも、男女共に『日本は強い』とイメージを与えられるだけで、相手のメンタル、印象も変わるので、『フェンシングが強い日本』をもっともっと目指していきたいです」

 太田が切り拓いてきた道の先にある、見果てぬ世界へ向けて――。日本のフェンシングはまだまだ強くなる。100回に1回の勝利が、10回に1回になり、勝つことすら驚かくなるような日が、きっと、間もなく訪れる。
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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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