完敗するも針路が定まったイラク戦 痛恨の敗戦を価値あるものへと変えるため

川端暁彦

31歳の国民的英雄を起用したイラク

アジア大会の第2戦で強豪イラクと対戦したU−21日本は1−3で敗れた 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 韓国が立候補した2022年のワールドカップ(W杯)における開催予定地だった高陽(コヤン)総合運動場。4万人以上を収容する荘厳な競技場を訪れるのは、個人的に2度目のことだった。初めての訪問は07年のU−17W杯。柿谷曜一朗が伝説的なロングシュートを決めたその試合以来となる。

 アジア大会男子サッカー競技。「U−23+オーバーエイジ(OA)」の大会に、2年後のリオデジャネイロ五輪をにらんでU−21代表で出場する日本は17日、優勝候補の一角を担うイラクと対峙していた。初戦で対戦したクウェートがオーバーエイジを使わずに同年代の選手で固めていたのに対し、イラクは軽く100を超えるA代表の経験を持ち、優勝した07年のアジアカップではMVPに輝いている31歳の英雄、FWユーニス・マハムードが先発。最終ラインにはA代表のDFサラーム・シャキル・アリーも「補強」された強力な陣容である。

 ただ、五輪本大会もそうなのだが、OA選手の補強は諸刃の剣(つるぎ)。それまで培ってきた連係面が犠牲になり、チームワークにヒビが入ることもある。今年1月のU−22アジアカップで、日本がイラク相手にほぼ一方的に押し込まれるゲームを演じてしまったことは記憶に新しい。そこからチームを作ってきた日本に対して、イラクはOA選手を加えたため、強かったチームをいったん解体している。付け入るべきスキはそこにあると見ていた。

 そうした見方は、甘かったと言えば甘かった。日本はロングボールを蹴り込んでくるイラクを想定し、「セカンドボールを拾うために」(手倉森誠監督)初戦の3−4−3から、アンカー(中盤の底)の位置に本来はDFの遠藤航(湘南ベルマーレ)を抜てきし、4−3−3の形へシステムを変更する。A代表で森重真人がこの位置へコンバートされたことと似たケースと言えるだろう。ロングボールを蹴り込まれた「その次」を狙う用兵であった。

 ただし「想定外だった」(手倉森監督)のは、イラクの布陣が予想されたどれでもなく、攻撃時に4−1−4−1となる形だったことだ。マハムードを1トップに置きつつ、その後方に2枚の攻撃的MFを配置してトライアングルを形成。ちょうどアンカーの脇を突きやすい形となるこの布陣において、とりわけ攻撃的MFの片割れ、18歳のフマーム・タリク・ナウーシュが日本にとっての大きな脅威となった。

シンプルに蹴り込んでくる相手に弱い日本

後半2ゴールを決めたアドナン。高いタレント性を証明した 【写真:ロイター/アフロ】

 12分に生まれた先制点は、まさにそのナウーシュにたたき込まれたものだった。左サイドからラフに上がったクロスボールを、DF室屋成(明治大学)がクリアし切れず、こぼれたところをナウーシュに押し込まれてしまう。この失点を機に、試合の主導権はイラクの手に落ちた、とまでは言わないまでも、日本が乱れてしまった感は否めない。効率的な攻撃はほとんどできず、いわゆる「決定機」を作り出せぬままに時間を過ごしてしまっていた。

 ただイラクの最終ラインは、OAのアリーの個人能力が光るシーンはあっても、対応がバラけるシーンが多く、スキは見えていた。それを狙っていたのは186センチの長身ながら、後方からのビルドアップと縦へ入れる鋭いパスに定評のあるDF岩波拓也(ヴィッセル神戸)である。「どこかで間(あいだ)に一発を入れてやろうと思っていた」という狙いすました縦パスが出たのは、CKからのピンチをしのいだ直後の前半36分。これをまさに間に入るプレーを得手とするFW矢島慎也(浦和レッズ)がすらすと、相手DFを引きちぎるように抜け出したFW中島翔哉(FC東京)がGKとの1対1を制し、同点ゴールを奪い取ってみせた。

 試合内容を思えば、1−1のスコアは「悪くない」。そんな前半だったとは言える。だが、後半立ち上がりの3分に、またもイラクにゴールが生まれてしまう。右サイドの浅い位置、バックパスからサーマ・サイードがワンタッチで逆サイドへとクロスを放り込む。「ボールを見てしまった」と言う右サイドバックの室屋が出し抜かれる形で裏を取られ、MFアリ・アドナンに流し込むようなゴールを許してしまった。

 手倉森監督はこの場面を「Jリーグではバックパスからのクロスというのは必ず一つ二つ持ってからのクロスが来る。だからボックス内でDFが準備できる。でも今日の失点場面は、ワンタッチでアバウトでもクロスを入れてきた」と振り返る。シンプルに、一直線にゴールへと迫るプレーが多いアジアのチームに比して、日本のチームは手数をかけて丁寧に攻めることを好む。それだけに、DFも手数をかけて攻めてくる相手に強く、シンプルに蹴り込んでくる相手に弱い選手が“育ちがち”だ。アジアンスタイルのサガン鳥栖が、今季のJ1リーグで躍進しているのは象徴的な事例だろう。試合後、手倉森監督は「アジアでは『これだとやられるな』ということを教えてもらった」と、苦い薬を得たことを明かしている。

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著者プロフィール

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』をはじめ、『スポーツナビ』『サッカーキング』『フットボリスタ』『サッカークリニック』『GOAL』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。近著に『2050年W杯 日本代表優勝プラン』(ソル・メディア)がある

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