マラソン10年で始まったアスリート人生 遅咲き早川英里、初のアジア大会へ

折山淑美

意識改革で高まった競技者としての意識

山本コーチ(左)との出会いが転機となり、早川は競技者として急成長を遂げた 【スポーツナビ】

「それで意識改革もできるようになったのではないか」と山本は言う。それまで、彼女のレースはゴールタイムを逆算して走るペースを決めていて、先頭集団で走ることはなかった。だが、無所属になって初めて挑戦した12年名古屋ウィメンズマラソンでは、ロンドン五輪出場を狙う野口や尾崎好美、赤羽有紀子などがいる先頭集団に20キロ手前までつくことができ、11位ながら2時間28分19秒と8年前の自己記録に肉薄した。市民ランナーの意識から、少しではあるが競技者の意識に近づけたのだ。

 その結果を見て、TOTOから勧誘された。しかも、拠点の福岡・北九州市で他の選手と練習をしなくとも、チームとしての目標である駅伝に出場すれば、東京を拠点として山本の指導で練習をしていいという条件を出してくれた。

「やっぱりあそこで覚悟が決まったんだと思いますね。名古屋ウィメンズで28分台を出したのもうれしかったけれど、TOTOから誘われたのもうれしかった。自分が走れるのはあと1年か2年かもしれないけれど、自分にとってすごくいい条件で受け入れてもらえるのなら、そこで思い切りやってみたいという気持ちでした」

 山本を最初に訪ねた時には特別な目標があったわけではなかった。だが、最後はすっきりと走って終わりたいと取り組んでいるうちに結果を出して実業団に入ることになり、13年の名古屋ウィメンズでは、9年ぶりの自己ベスト更新となる2時間26分17秒を出した。それにより、ますます欲も出て、今年の同大会ではさらに自己記録を更新する2時間25分31秒で日本人2位に。気がつけばアジア大会代表という立場にまでなっていたのだ。

「今年の名古屋ウィメンズでは、先頭争いではなかったけれど、初めて日本人のトップ争いをして、今まで感じられなかったものをすごく感じられました。自分の力を出し切っているつもりでも、ライバルとの争いの中ではまだ出る力があるのだと知ったのも今回だし……。スタート前は緊張したけれど、すんなり後半に入っていってからは、ライバルと争う楽しさや、『このままいけば自己ベストが出る』という楽しさの方が、苦しさより大きかった。そういうのを知られたことはものすごい収穫だと思います」

アジア大会では勝負をして結果を出す

アジア大会ではキッチリ勝負をして結果を残すつもりだ 【スポーツナビ】

 こう話す早川だが、アジア大会を目前にしても、まだ山本コーチの出してくるメニューをこなすのが精いっぱいだという。それは山本が、「10年以上ランナーとして走り続けてきた選手だから、実業団と同じことをしていても劇的な変化はない。違うところで勝負しなければ」と考えるからだ。その中には、効率的な動きづくりや筋力づくりだけではなく、早川の意識の中の限界を取り払うということもある。

「去年の合宿では、それまで1000メートルを10本やっていたトラックでのインターバル練習を20本にしたり、今年はサンモリッツの合宿で、午前中に5000メートルを2本走って、午後に1000メートルを20本というのにもチャレンジしました。精神的にものすごく苦しいことでも一度超えることができると自信になりますし、そういう自信をドンドン積み上げてきました。その面では、今年はマラソンだけでなく、1万メートルでも32分40秒台の自己新も出しているから、いいタイミングでアジア大会を迎えられると思います」と山本も期待する。

「今までリオデジャネイロ五輪も漠然と考えていたけれど、『リオのためには、アジア大会の選考会はそんなに重要ではない』と考えていたら、多分、今の状況はなかったと思います。でも、アジア大会は来年の世界選手権(中国・北京)につながっているし、その先にはリオもつながっている。だから先を見るのではなく、今の勢いをなくさないように1試合1試合を大切にして全力でやることで、上に上がっていければいいと思っています」

 速い選手への憧れもあるが、自身は素質だけで陸上をやってきたわけではなく、走れない時も経験して今がある。その経験を生かした、どんな状況にも対応できる強い選手になりたいと早川は言う。今の最大の目標は、アジア大会でキッチリ勝負して結果を出すことだ。

 初マラソンから10年目にしてやっとアスリートになれた早川は今、本当の競技歴を積み上げるためのスタートを切ったばかりだ。

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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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