9月場所直前の遠藤を直撃=「理想とする力士像は……」

構成:戸塚啓

周囲の高まる期待と取組のギャップ

9月14日に初日を迎える「九月場所」に、西前頭筆頭として臨む遠藤 【スエイシナオヨシ】

 規則正しいリズムを刻んできた口調が、ほんの少しだけ乱れた。
質問と答えのやり取りに、それまでなかった隙間──沈黙が降りる。
「多少はそういう気持ちもありますけれど……」
 本場所で、巡業先で、全方位的に集まる期待や注目と自身の取組に、ギャップを感じることはあるか。いまや国民的な知名度を持ちつつある遠藤は、内面で入り乱れる感情を整理していた。

 日本の国技たる相撲が、外国人力士に牽引されるようになって久しい。日本語を軽やかに操り、相撲道を邁進する彼らが、歴史の継承者にふわさしいのは間違いない。その一方で、日本人力士が番付の上位に少ない現実は、そこはかとない寂しさを運んでくる。日本人横綱の誕生となると、実に1998年の若乃花までさかのぼらなければならないのだ。

 2013年に初土俵を踏んだ遠藤は、次代が求めた新星である。相撲王国とも呼ばれる石川県で生まれ育ち、中学、高校と全国大会で結果を残してきた。名門の日大相撲部へ進学後は、アマチュア横綱と国体横綱の称号を得た。

 疾走感のあるキャリアは、角界入りをきっかけにさらに加速度を増す。初土俵から2場所で十両へ昇進し、2013年「七月場所」でいきなり大相撲の歴史を動かす。新十両としては史上2人目となる14勝1敗での優勝を果たし、わずか1場所で十両を通過するのだ。

 今年の「一月場所」では、11勝4敗の成績を残して敢闘賞を獲得した。初土俵から6場所での三賞受賞は、歴代2位のスピード記録である。
「五月場所」では横綱の鶴竜を破り、自身初の金星を記録した。散切り頭で特筆すべき記録を打ち立てる彼に、館内の声援が集まっていくのは自然な流れだっただろう。

 ようやく髷が結えるようになった「七月場所」では、幕内で自身3度目の勝ち越しを果たした。9月14日に初日を迎える「九月場所」には、西前頭筆頭として臨む。「三月場所」の東前頭筆頭に次ぐ番付を取り戻した。
「自分に対する期待とかは、あまり気にしないようにしています。本場所などでいただくたくさんの声援は、自分のなかでやり甲斐となっています。『もっともっと頑張ろう』という気持ちが強くなるので、声援を重圧と感じることはありません」

「いつまでも勉強とは言っていられない」

初の上位陣総当たりとなった東前頭筆頭として挑んだ今年の「三月場所」は6勝9敗に終わった。前頭筆頭に返り咲いた「九月場所」では、再び上位陣との総当たりが待ち受ける 【スエイシナオヨシ】

 入門時に143キロだった体重は、150キロまで増えてきた。動きの鋭さや柔軟性を評価されてきた取組は、力強さを帯びてきている。
「体重を何キロまで増やしたいとか考えているのではなく、稽古をして身体を鍛えていけば、自然と筋肉がついていくはず。それは体重を増やすこととイコールだと思うので」

 気持ちの変化も芽生えている。「九月場所」を前にした遠藤は、「いつまでも勉強とは言っていられない」と話すのだ。
「自分にとって、毎場所が勉強であることに変わりはないんです。ただ、土俵に上がる前から負けることを考えないように、本場所前から『勉強だ』と考えるんじゃなく、本場所が終わったあとで結果的に『勉強になったな』というのはいいと思うんです」

 今年の「三月場所」に、遠藤は東前頭筆頭として挑んだ。初日に当時大関だった鶴竜、2日目に横綱の日馬富士、3日目に白鵬、4日目には大関の琴奨菊と対戦し、すべて黒星を喫した。5日目に大関の稀勢の里を下して館内を沸かせたが、初の上位陣総当たりとなった「三月場所」は6勝9敗に終わったのだった。
「最初から負けることを考えていたわけではなかったんですが、上位陣と総当たりするのは初めてなわけですし、周りからも『勉強の場所だな』と言われていたこともあったので、そういう考えがどこかにあったのかもしれません。先輩力士の皆さんとの取組では、今でも胸を借りる気持ちはあります。ただ、最初から『勉強だ』という気持ちでは臨まないということです」

 前頭筆頭に返り咲いた「九月場所」では、再び上位陣との総当たりが待ち受ける。「前回の経験は生かさなければいけません」と、遠藤は言葉に力を込めるのだ。
「経験を生かすのも殺すのも、すべて自分次第ですから」

 本場所の15番では、取組以外の時間も問われる。短ければ数秒で、長くても数十秒で勝負は決まる。土俵に上がる前の準備が大切になるのは必然だろう。
「最初の頃は、場所中にどうやって生活をしたらいいのかが、なかなかつかめなかった。今はもう、リズムは作れています。睡眠と食事をしっかり取る。それでも疲れを感じるようなら、お風呂へ行ったりする。特別なことはやらずに、いつもどおりに過ごすことです」

 逆説的に言えば、これまで彼が記したインパクトは、生活のリズムが整わない中で残してきたものでもある。助走路が舗装された今後は、これまで以上に質の高い相撲が見られるはずだ。

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著者プロフィール

1968年、神奈川県出身。法政大学第二高等学校、法政大学を経て、1991年より『週刊サッカーダイジェスト』編集者に。1998年フリーランスとなる。ワールドカップは1998年より5大会連続で取材中。『Number』(文芸春秋)、『Jリーグサッカーキング』(フロムワン)などとともに、大宮アルディージャのオフィシャルライター、J SPORTS『ドイツブンデスリーガ』『オランダエールディビジ』などの解説としても活躍。主な著書に『不動の絆』(角川書店)、『マリーシア〜駆け引きが日本サッカーを強くする』(光文社新書)、『僕らは強くなりたい〜東北高校野球部、震災の中のセンバツ』(幻冬舎)がある。

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