“怪物”井上尚弥の初防衛戦は消化不良!? 攻めあぐねて手を焼いた11回KO勝利

平野貴也

「中盤でKOするのが自分の形」だったが…

世界挑戦より難しいという初防衛戦で11回KO勝利を飾った井上だが… 【中原義史】

 リング上の景色に違和感を覚えた。井上尚弥(大橋)は、王道の戦い方をする選手だ。得意のステップワークで相手との距離を巧みに操作し、多彩なブローで相手を崩す。そして、相手にダメージを蓄積すれば、力強いラッシュで仕留める。井上自身も「中盤でKOするのが自分の形」と常々、公言している。

 ところが、5日に東京・代々木第二体育館で行われたWBC世界ライトフライ級王座の初防衛戦は、ズルズルと長引いた。4Rにコンパクトな右フックでダウンを奪うところまでは悪くなかったが、6Rにボディブローで再びダウンを奪った後も挑戦者の元PABA(パンアジアボクシング協会)ミニマム級王者サマートレック・ゴーキャットジム(タイ)に粘られた。ようやく決着がついたのは、終盤の11R。連打を仕掛けたところでレフェリーが割って入り、試合を止めた。

「お客さんがシラけているなと思った」

「お客さんがシラけているなと感じた」という井上は勝利にも大きな笑顔はなかった 【中原義史】

 2度倒してTKO防衛という結末は悪くないはずだが、観客が求めたものではなかったようだ。試合中には「早く倒せよ」という声がちらほらと上がっていたのだ。井上は左のガードを下げて相手を誘う動きや、リング中央での仁王立ちなど相手を挑発するような動きを見せた。どんな狙いがあるのかとどよめきが起こる場面だが、客席からは「遊ぶな」、「そんなのいいから、倒しに行け」といった声が飛んだ。

 井上も会場の空気は十分に感じていたようだ。試合後には「(お客さんは)シラけているなと思った。今日の相手なら前半にKOという感じの試合を求められただろうし、その期待に応えられなかったと思う」と、思い通りの展開に持ち込めなかったことを認めた。序盤で実力差がハッキリしていただけに観客の要望は高まったが、少し手を焼いた印象を残した。

最大の武器であるフットワークを潰した戦い

自分が相手を崩すのではなく、カウンターを狙いたいという気持ちから受け身になったように見えた 【中原義史】

 挑発的な行動で相手をおびき出すのは、駆け引きの一種ではある。井上は「リードは、かなり手ごたえがあった。ただ、相手のタフさは想像以上だった。相手の顔が硬かった。打っていても、顔にダメージがうかがえず、効いている素振りもなかった。相手を引き出すフェイントを入れてみた。ボディが効いていたので、もっとボディを打てるポジションを取らなくてはいけなかった」とリング上での試行錯誤を振り返った。しかし、主導権を握るための最大の武器であるフットワークを潰した戦いは、結果的に正解とは言い難かった。本来なら、相手を引き出さずとも、自身が出入りをすれば攻略の芽は出て来る。

 攻めあぐねた要因に、減量苦の影響が考えられる。井上は、大して打たれていないにも関わらず「ライトフライ級での体力も考えた。倒したいという気持ちはあったけど、10Rくらいには判定でもいいかなと思った」と弱気になっていた。終盤は明らかにパワー不足。そもそも、戦い方が不自然だったのは、相手を崩して中盤以降に勝負ではなく、相手に打たせてカウンターを狙いたいという崩しの行程を省く狙いがあったのではなかったか。

世界挑戦時も減量苦から足がけいれん

試合2日前の調印式では頬が痩せこけていて、減量の厳しさを感じさせた井上 【スポーツナビ】

 試合の2日前、調印式に臨んだ井上の頬は、少し人相が変わるほどに痩せこけていた。本人は「そうですか? いつもと変わらないですよ」と話し、試合後にも「減量は問題なかった。それを言い訳にしたくない」と繰り返した。しかし、リング上のインタビューでは「ライトフライ級に仕上げたことが、正直、いっぱいいっぱいで、試合では何も出せないで0点でした」と明かしている。

 井上は国内最短のプロ6戦目で世界王座を獲得した4月の試合で減量苦を告白。試合中に足がけいれんしたと話していた。確かに、初防衛戦の相手となったサマートレックは粘り強かったが、それでも、実際に2度のダウンを奪っているのであり、中盤KOが期待できるくらいの実力差はあっただろう。

今後は王座返上で2階級制覇へ

今後は1階級上げてフライ級での戦いを明言した井上。メインで先輩・八重樫東に勝利したローマン・ゴンサレスへのリベンジマッチも視野に入れる(写真は一夜明け会見より) 【スポーツナビ】

 戦い方の問題か、減量苦の影響か。いずれにせよ、初めて「挑まれる側」としてリングに立った井上は、消化不良の試合を見せた(そうは言ってもTKOで勝っており、負ける要素のまったくないフルマークの完勝ではあるのだが……)。井上は「今日の内容を5Rに凝縮したい」と攻略のテンポアップを課題に挙げた。減量に関しては、ライトフライ級が限界であることを陣営は隠しておらず、今後は王座を返上して一つ上のフライ級に転向して2階級制覇を目指すことになる公算だ。

 階級を上げれば減量苦は和らぐが、パワーの差を埋めていかなくてはいけない。井上は「フライ級には強豪のチャンピオンが待っている」とWBA・WBO統一王者のファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)らの名を挙げた。当然、この日のメインイベントで同じジムの先輩である八重樫東をTKOで葬った無敗の3階級制覇王者ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)も将来的なターゲットであり、「いつか、八重樫さんの借りを返したい」と話した。ゴンサレス戦にたどり着くことを考えれば、この日の試合内容は納得できるものではない。

八重樫戦のようにお客さんを沸かす試合に――

ファンの期待値も上がっているだけに、穴のない試合で“怪物”と言われる獰猛な強さを再び見せられるか 【中原義史】

 父の真悟さんは、メインイベント後に「最後に八重樫君の試合を見て、気持ちが切り替わったと思いますよ。あれを見たら『自分はさっき、何をやっていたのか』という気持ちになるでしょう。お客さんを沸かす試合をしなければいけないと思うじゃないですか」と話した。

 2度倒してTKOでも観客が満足しないのは、井上がより高みを見せてくれることへの期待の裏返しでもある。いつでもスマートに相手を崩し、中盤にはKO勝利。100点満点の穴のない強さを発揮してこそ“怪物”なのだ。階級を変更し、再び獰猛な強さを見せられるか。次の挑戦に再度、期待をかけたい。
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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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