今夏の補強は「パニック・バイ」なのか 過渡期を迎えたマンチェスター・Uの今後

寺沢薫

“最後の仕上げ”だったファルカオ獲得

開幕3戦で勝利なし。ファン・ハール新体制が軌道に乗らず、選手獲得に天文学的な額を費やしたクラブに対する現地の視線は冷ややかだ 【写真:ロイター/アフロ】

 サプライズの始まりは、8月30日。リールとホームゲームを戦ったモナコのメンバーに、ラダメル・ファルカオの名前がなかったことだった。ワールドカップ・ブラジル大会欠場を余儀なくされた膝のケガはとうに癒えている。フランスリーグの開幕3試合で2ゴールを挙げていたのがその証拠だ。ならば、欠場の理由はひとつ。9月1日の移籍期限までに、ファルカオが移籍する。うわさは瞬く間に世界中へと広まった。

 レアル・マドリー、ユベントス、アーセナル、マンチェスター・シティ。さまざまなクラブの名が挙がる中、彼の獲得を発表したのはマンチェスター・ユナイテッドだった。マーケットが閉まった直後の現地時間深夜、買い取りオプション付きのシーズンローンでコロンビアの“ティグレ(虎)”が赤い悪魔(マンチェスター・Uの愛称)の一員になったことが明かされた。

 この夏も、プレミアリーグのクラブは羽振りがよかった。『BBC』によると、マーケットに費やされた総額8億3500万ポンド(約1446億円)は歴代最高額。これで3シーズン連続して記録が塗り替られたことになる。

 中でもマンチェスター・Uは、1億4900万ポンド(約258億円)という天文学的な額をひと夏でつぎ込んだ。これは07年夏のクラブレコード(6200万ポンド/約107億円)の倍以上。これだけの額を出した背景には、来季からアディダスとの年間7500万ポンド(約130億円)と言われる超大型サプライヤー契約が決まっていること、ユナイテッドを含めたプレミア全クラブの放映権料収入が増えたこと、そして何より、「1年で絶対にチャンピオンズリーグに戻る」という彼らの強い意志がある。

 その結果、英国歴代最高額の5970万ポンド(約103億円)でアンヘル・ディ・マリアがやってきた。その他、ルーク・ショー(2700万ポンド/約46億円)、アンデル・エレーラ(2900万ポンド/約50億円)、マルコス・ロホ(1600万ポンド/約27億円)、ダレイ・ブリント(1380万ポンド/約24億円)にもそれぞれ大金が費やされ、“最後の仕上げ”がファルカオ獲得だった。

現地では冷ややかな視線が注がれている

 とはいえ、マンチェスター・Uが今夏のマーケットにおける“勝ち組”だとは言い切れない。ルイス・ファン・ハール新体制で開幕からまだ勝利がないチームの大盤振る舞いには、現地で冷ややかな視線が注がれている。

『デイリーメール』は辛辣(しんらつ)だ。移籍市場の「勝者と敗者」をジャッジする記事の中で、ユナイテッドを「敗者」に分類した。「ファン・ハールはバーンリーと0−0で引き分けた試合後、最高級のストライカーが必要だと思ったらしい。ファルカオは素晴らしい“ぜいたく品”だが、雨漏りしているのに床を新しくしたように見える。セントラルMFと守備陣の弱点を改善する必要がある」というのがその理由だ。

 同じく、『BBC』のフィル・マクナルティ記者はこう分析する。
「彼がチームに必要だったかどうかは別として、ファルカオのクオリティーを疑う者はいない。ただ、センターバックとセントラルMFの質と量は不足しているように見える。基礎工事が残っているのに屋根を付けても、重大な問題が引き起こされる可能性がある」
 デイリーメールとは屋根と床が反対だが、意図するところは同じである。

 クラブOBのマイケル・オーウェンも同調する。
「私はファルカオのファンだが、ユナイテッドが強化するべきポジションだとは思わない。守備を強化する必要があったと思う。ただ、獲得できる選手がいなかった。アストン・ビラのロン・フラールの話をするが、W杯まで誰も話題にしていなかった選手だし、私は彼に確信を持っていない。そもそも、3バックが機能していない。私だったら4バックに戻すだろう」

 今回は趣旨が違うので深くは言及しないが、ファン・ハールの「3バック」に関する議論も、4バック信仰が強く“3バック・アレルギー”を持った英国人たちの間では盛んである。
 ちなみに、心許ないながらも施された守備の補強に対しても、加入したショー、ロホ、ブリントがいずれもW杯では左サイドバックでプレーしたレフティーであることから、「同じポジションに馬鹿げたお金をつぎ込んだ」という論調もちらほら見られる。

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著者プロフィール

1984年、東京都生まれ。『ワールドサッカーグラフィック』編集部を経て、株式会社フットメディア(http://www.footmedia.jp/)在籍時にはプレミアリーグなど海外サッカー中継を中心としたテレビ番組制作に携わりながら、ライター、編集者、翻訳者として活動。ライターとしては『Number』『フットボリスタ』『ワールドサッカーキング』などに寄稿する

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