成功でも失敗でもないドルトムント復帰 輝きを取り戻す為、香川はまた歩き出す

中野吉之伴

香川復帰がチームにもたらす影響

在籍時はリーグ2連覇を達成。香川にはポジティブな思い出が多く、クラブにもファンにも復帰を歓迎されている 【写真:ロイター/アフロ】

 またチームは怪我人の多さに苦しめられており、特にヤクブ・ブワシュチコフスキ、ヌリ・シャヒン、オリバー・キルヒ、イルカイ・ギュンドアンといった中盤の選手に集中しているという事情を抱えている。それだけに、香川の復帰がチームにもたらす影響は少なくないはずだ。クロップはブンデスリーガ、ドイツカップ、そしてチャンピオンズリーグと過密日程が続くシーズンを乗り切るために、1つのシステムや戦い方だけではなく、柔軟にシステムや起用法を変えていくことを示唆している。

 クロップはかつて香川のことを「トップ下の選手として世界で5本の指に入る選手」と最大限の評価をしていた。ムヒタリアンにはムヒタリアンの、ロイスにロイスの強みがあるように、香川には香川の強みがある。順位付けすることが難しい3人の好選手であり、現在トップ下のポジションではマルコ・ロイスが素晴らしいプレーで大黒柱の活躍をしている。しかし、攻撃に移るためのギアを入れることができる香川のプレースタイルこそがドルトムントに必要なものであるのも確かだ。香川が入ることでロイスをよりFWに近い位置でプレーさせることもできるだろう。あるいは『ビルト』紙の情報によると、クロップはムヒタリアンをボランチ、ロイスを左サイドに回し、香川との共有もプランしているという。

ユナイテッドでの挑戦は貴重な経験の数々

 もちろんすぐに救世主の活躍を期待するのは酷だろう。『ルールナッハリヒテン』紙によると、まだ正式発表されてはいなかったアウグスブルク戦後のミックスゾーンでセバスティアン・ケールは「シンジはドルトムントで素晴らしい時を過ごしていたし、あの時期における僕らの成功に貢献してくれた」と語った上で、「でも彼が戻ってくるとしたら、(フォームを取り戻すために)しばらくプレーする時間が必要になるかもね。彼の自信はここ数カ月、マンチェスターで苦しめられただろうから」と気づかっていた。

 実際に、同じように絶頂期にレアル・マドリーに移籍しながら鳴かず飛ばずで復帰してきたヌリ・シャヒンの例もある。水準以上のプレーを見せるまでは調子を取り戻したが、かつての輝きにはまだ程遠い。「香川も同じようになるのではないか」とそのことを心配するファンも存在する。しかしケールは「彼には信じられない程のクオリティーがあるし、僕らを確実に助けてくれるだろう」と語り、ロイスも「カガワはきっと僕らの助けになる」と報道陣の問いに答えていた。焦る必要はない。公式ホームページではバッツケ社長が「彼に必要な時間と落ち着きと信頼の中で、シンジがまた最高レベルに達することができると確信している」とじっくりと時間を与えることを強調していた。

 うまくいくかどうか。マンチェスター・ユナイテッドでの挑戦は失敗だったのか。しかし、香川がドルトムントに戻ってきた意味を問うのはまだ早いと思われる。外から見ている人間は、応援している選手が、自分たちが憧れた理想的なキャリアアップを果たしてくれることを夢見たくなる。誰もが憧れるステップアップを見続けて、その喜びを共有したいと思う。だがすべてがイメージ通りに進むわけではないし、イメージ通りに進むことだけが成長につながるわけではない。そして何が成功かは誰かに決められたり、最初から定められているものでもないはずだ。得てきたものは成功でも失敗でもなく、貴重な経験の数々。「苦悩」「不運」といった言葉だけで終わってしまったらもったいないではないか。

 家族のような雰囲気で選手を支えてくれるドルトムントというクラブで香川はまた歩き出す。ゼロからの再スタートでも、やり直しでもない。これまでの歩みをしっかりと認識したうえで、プレーの喜びを、そして輝きを取り戻すべく、自分と向き合って進んでいくだろう。その先にファンの大歓声を浴びる彼の姿があることを、今は静かに祈っていたい。

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著者プロフィール

1977年7月27日秋田生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA−Aレベル)。SCフライブルクU15チームで研修を積み、016/17シーズンからドイツU15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。「ドイツ流タテの突破力」(池田書店)監修、「世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)執筆。最近は日本で「グラスルーツ指導者育成」「保護者や子供のサッカーとの向き合い方」「地域での相互ネットワーク構築」をテーマに、実際に現地に足を運んで様々な活動をしている。

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