W杯の失敗をいかにして未来へつなげるか 選手、協会、Jリーグに望むこと<後編>

元川悦子

練習のすべてが常にMAXだった

指宿とフロリダの直前合宿では練習にすべてフィジカル的な要素が盛り込まれていた。メリハリがなく、やりすぎだったという声も 【写真:ロイター/アフロ】

 2014年ブラジルワールドカップ(W杯)で日本が惨敗した一因である「自分たちのポゼッションサッカーへの強すぎたこだわり」については前編に書いた。日本サッカー協会はそれ以外の要因として、
(1)指宿・米国での直前合宿での過度な追い込み
(2)ベースキャンプ地のイトゥと試合会場の距離、気候差
を挙げている。この指摘について、選手たちも思い当たるところはあったようだ。

 今大会の直前調整を振り返ると、日本代表は5月21〜25日の鹿児島県指宿市での第1次強化合宿でフィジカル中心のハードなメニューをこなした。直前まで国内リーグが行われていた川島永嗣、本田圭佑、長友佑都の欧州組3人だけは24日に合流したため、やや負荷は少なかった模様だが、それまでのクラブの試合出場状況やケガの有無に関係なく全員が同じトレーニングを実施したという。

 27日のキプロス戦の後、1日のオフを経て、日本代表は29日に米国・フロリダ州のクリアウォーターへ移動。連日30度を大きく超える中、やはりフィジカル色の強いメニューを全員が一斉に消化することになった。指宿合宿中に右ひざを痛めた酒井高徳、全身に張りを訴えた長谷部誠は滞在中ほとんど別メニュー調整となったが、途中で宿舎の強すぎる冷房のダメージで発熱した岡崎慎司も強度を変えることなく他の選手とトレーニングを行っていた模様だ。

 日本協会の原博実専務理事兼技術委員長は大会後、「シーズンをフルに戦った欧州組はもう少し休みを与えた方がよかった」と反省の弁を口にしていたが、それは長友や岡崎らに限った話ではない。国内組でもJリーグとアジアチャンピオンズリーグ(ACL)をフルに戦った選手とそうでない選手のコンディションが異なるのは当然だろう。

 ベテラン・遠藤保仁のように「僕らは今年に入ってシーズン前とW杯前に2度の追い込みをすることになったけど、4年に1度こうなるのはしょうがないし、コンディション的にも問題なかった」と気に留めていない者がいる一方で、「自分自身は特に何も思わなかったけど、やっぱり個々の状態に合わせた調整方法を取り入れてもよかったのかもしれない」といった感想を抱く大久保嘉人のような選手もいた。

「指宿では本当にものすごく走ったし、米国でもすべての練習にフィジカル的な要素が盛り込まれていて、試合前も負荷が下がることは全くなかった。『これが(アルベルト・)ザッケローニ流なのかな』とは思ったけど、僕らもJとACLを戦っていたし、ちょっとやり過ぎじゃないかなと感じることは正直、ありましたね。

 岡田(武史前監督)さんが率いていた南アフリカW杯直前のスイス合宿の時は、ものすごく上げた翌日は落とすとかメリハリを上手につけていました。採血や検尿もして、常に選手の状態をしっかりとチェックしていた。だけど今回は血液や尿を採ったりしなかったし、練習の全部がMAX。そのまま一気に試合に入っていくという考えだったんでしょうけどね」と、彼はザッケローニ監督の意図を理解しながらも、全員が大会本番にピークを迎えるのが難しかった現状を説明してくれた。

気候差と移動距離による負担

キャンプ地であるイトゥは涼しく、環境も良かったが、試合会場との気候差は大きく、移動距離も長くなるなど選手たちの負担になってしまった 【写真:ロイター/アフロ】

 現地時間6月7日にブラジルのイトゥに入ってからは「協会関係者の努力もあって非常に快適な環境で過ごせた」と多くの選手が口々に語っていた。とはいえ、レシフェ、ナタル、クイアバへ毎回片道5時間程度かかる移動はやはり負担が大きい。涼しいイトゥと猛暑の会場地との気候差があまりにも大きすぎたという声も少なくなかった。

「合宿が涼しくて試合会場が暑いのは、やっぱり気になりました。でも他のチームも同じ条件だったし、言い訳にならないですね」と今野泰幸は環境の違いに言及しつつ、それを克服しきれなかった自分たちの責任を改めて口にした。大久保も「イトゥの環境はピッチや宿舎含めてメチャメチャよかったけど、あまりにも涼しすぎた。南アフリカの時のジョージは試合会場とほとんど変わらなかったし、移動距離も短くてよかったけど、ブラジルは広いですからね。抽選の前にキャンプ地を決めなきゃいけなかったみたいだからしょうがないけど」と気候差が肉体的な負担になったことを認めていた。

 原専務理事は抽選前のキャンプ地選定の必要性を繰り返し語り、やむを得なかったことだと強調していたが、今後は柔軟にキャンプ地を変えられる手はずを整えるなど、対策を考えなければならないだろう。4年後の18年ロシア大会はブラジルに匹敵するほど広大な国での戦いになる。試合会場はモスクワ周辺に固まってはいるものの、ベースキャンプ地の選定ミスを犯したら、それこそブラジルの二の舞になりかねない。そこはしっかりと肝に銘じるべきだ。

1/2ページ

著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント