“波乱”埼玉で春日部共栄が勝てた理由、ピンチでも笑顔を忘れず、聖地10勝目へ

中島大輔

伝統は「明るく、楽しく、元気よく」

9年ぶりに甲子園出場を果たした春日部共栄。まず狙うは春夏通算10勝目だ 【写真は共同】

 夏の高校野球選手権埼玉大会を制した春日部共栄の戦いぶりを見ていて、不思議に感じる光景があった。ピンチになればなるほど、マウンド上の金子大地やバックの野手が笑みを浮かべているのだ。

 そうした場面にこそ、春日部共栄の強さが潜んでいると本多利治監督が説明する。
「『明るく、楽しく、元気よく』がうちの伝統ですから。笑顔が自然に出るチームが強く、言わなければできないチームは弱い。とにかく、全国の人に春日部共栄の笑顔を届けようとやっているわけです。予選で笑顔がなかったら、甲子園には持っていけねえだろって話ですよ」

小島、上條に敗れて熱を帯びた左腕対策

 今年の埼玉大会は、“波乱”と言われた。開幕戦で花咲徳栄が敗れ、2013年春のセンバツを制した浦和学院は3回戦でノーシードの県立川口に敗退。今年春の埼玉大会で準優勝した聖望学園は、同じく3回戦で立教新座にコールド負けを喫している。

 そうした大会を春日部共栄が制すことができた理由は、ふたつある。ひとつは、傾向と対策の徹底だ。

 今年の埼玉には、サウスポーの好素材がそろっていた。その筆頭が、浦和学院の小島和哉だ。2年時の昨春にはチームをセンバツの頂点に導き、今夏は済美の安楽智大、前橋育英の高橋光成とともに“ビッグ3”と注目された。キレのあるストレートと内角を果敢に攻める投球が持ち味で、大宮東のエース・中田浩貴や川越東の背番号1を背負った高橋尚貴は小島のピッチングを参考にしたと話している。

 その小島に勝るとも劣らない逸材が、市立川越の上條将希だ。身長172センチと投手としては小柄ながら、ダイナミックなフォームから最速146キロのストレートを投げ込む。縦に落ちるスライダーもキレ味鋭く、プロから熱いまなざしを注がれる左腕だ。

 その2人に喫した敗戦が、春日部共栄の原動力になった。昨秋の埼玉大会では準決勝で市立川越と対戦し、上條の前に0−1で完封負け。本多監督は敗戦をこう振り返っている。
「あの1−0は本当に悔しかった。去年の秋は、本当にセンバツを狙ったチームでしたから」

 悔しさをバネに冬の間に打力アップを果たしたが、春、もうひとりの左腕に屈した。埼玉大会準々決勝で、浦和学院の小島に3−9で敗れたのだ。

 その直後から、春日部共栄の左腕対策は熱を帯びた。練習のフリー打撃では通常、ケージを3、4カ所作って行われるが、一番端は必ず左投手が投げるようにした。左打者が心掛けたのは、少し前に立ち、内角に対しても絶対に逃げないことだ。右打者もインコースを打つ意識を徹底した。

 結果、5回戦の川越東戦では2年生左腕の高橋佑樹から主砲・守屋元気の一打で勝利を収め、準決勝の大宮東戦では中田浩から9回に3点を奪って勝利した。決勝では上條を終盤に攻略し、9年ぶり5度目となる夏の甲子園出場権を獲得している。

選手の力を引き出すベテラン監督

 そうした戦いぶりで際立ったのが、終盤に見せた勝負強さだ。準決勝の大宮東戦では0−0で迎えた9回に試合の均衡を破った。ヒットと犠打で1死二塁とし、3番の守屋が敬遠で歩かされる。重圧のかかる極限状態で、打席に向かった原田寛樹は笑みを浮かべていた。

 その裏には、本多監督の指示があった。

「無理矢理笑わせたから、引きつりながら笑っていましたね。あの笑顔がうちには必要なんです。みんなマジメすぎて、硬くなる。それを何とかしなきゃと、笑顔を徹底させました。『笑顔が出れば、お前たちの潜在能力は自然と出るぞ。笑顔がなくなったとき、うちはホントに弱いんだからな』って」

 本番で持てる力をいかに発揮できるかは、的確な事前準備とグラウンドでのメンタルが重要になる。1980年の開校から野球部を率い、今年で35年目になる本多監督は、的確なマネジメント力で選手に力を発揮させた。

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著者プロフィール

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『プロ野球 FA宣言の闇』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』(ともに亜紀書房)がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『野球消滅』(新潮新書)と『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

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