ファンを一目ぼれさせた昭和の名手たち

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球史に残る名手だった大橋。その圧倒的な守備範囲の広さが際立った 【写真=BBM】

 野球において内野守備の上手下手には、独断という表現は使えない。一目瞭然、見ての通りである。下手な内野手を独断という表現でかばったり、救ったりはできない相談。じゃあ、誰に相談すればいいのか? これはもう「偏愛」という自分の好みに聞くしかない。守備力に甲乙つけがたい2人の内野手がいたとする。さあ、あなたはどちら選ぶ? これはもう好みの問題。従って今回は、筆者のこよなく偏愛する1968年から80年代後半までに活躍した選手を紹介する。

 68年は田淵幸一(阪神、西武)、山本浩二(広島)、星野仙一(中日)、山田久志(阪急)、福本豊(阪急)、東尾修(西武ほか)らが、プロ入りしようか、という年で、ここから、原辰徳、槙原寛己(ともに巨人)、清原和博(西武ほか)、桑田真澄(巨人)らが一流選手に成長していく時代までの約20年である。(文=大内隆雄)

東都の本塁打王から希代の名遊撃手となった大橋穣

 そういうワケで今回は、年代は順不同で自分の偏愛度の強い選手から取り上げることにする。1人目は東映、阪急で名遊撃手として活躍した大橋穣である。亜細亜大の大橋はほとんど記憶にない。神宮では東京六大学リーグしか見ていなかったからである。じっくり見たのは、69年の後楽園球場だった。東都のホームラン王。球団もファンもその長打力に期待する。守備のことはほとんど話題にされなかった。ところが、まず、その守備位置の深さに驚いた。巨人の黒江透修遊撃手より、5、6メートルは深いところに守っている。だから打球が大橋の左右を抜けないのだ。捕ったら正確無比のスピードボールが一塁手のミットにバシーン。強肩だから、深く守っていても楽に間に合う。ウーン、とうなるしかなかった。

 二遊間を組むのは大下剛史。実は駒澤大時代、東都大学リーグ史上に残る名遊撃手と言われた人なのだ。事実、東映入団の67年、翌68年は正遊撃手だった。ともに規定打席に到達し、67年129安打、68年132安打と「打てるショート」でもあった。大下がポジションを脅かされることなどあるはずがなかった。

 が……。大橋は大下を1年目から押しのけてショートに入った。そこから大橋は3年連続で110試合以上に出場し、正遊撃手。ショート以外は71年に三塁を2試合守ったのみ。しかし、3シーズンの打率はいずれも規定打席に届かず。2割1分7厘、1割8分3厘、2割1分3厘とお寒い限りだった。“売り”のハズの長打力も本塁打が8、7、7。まあ、普通なら使ってもらえなくなる数字だ。しかし、大橋はショートを守り続けた。それは先に書いたように、日本人のレベルをはるかに超えた守備力の持ち主だったからである。

打撃練習を放棄して守備練習をしていた大橋の偏愛

 1年目、松木謙治郎監督がショートで使い続けたのは、ドラフト1位ということもあったろうが、前年の68年、大下遊撃手が27失策を犯したことも頭にあったかもしれない。大橋を使ってみたら、これなら「打撃に目をつぶっても」となったのだろう(本来は打を期待された選手なのだから皮肉だ)。

 松木よりも、さらにその守備力に注目していた監督がいた。阪急の西本幸雄だ。71年の巨人との日本シリーズに敗れた阪急は、巨人とのシリーズに4度出場していずれも日本一を逃していた。チームをガラッと変えなければダメだ。阪本敏三遊撃手は71年まで4年連続のベストナイン。その選手と大橋を交換してしまったのだ!

 西本の勘は恐るべきものだった。

 以後、大橋は最強阪急を守りで支える男になった。大橋は72〜76年ベストナイン、72〜78年ダイヤモンドグラブ(現在のゴールデングラブ)に輝くのだが、76年は規定打席に到達せず、打率1割9分1厘でベストナイン。いかに記者たちが大橋の守備力を高く評価していたかが分かる。ダイヤモンドグラブは創設時から7年連続受賞。同賞で遊撃手7年連続受賞はパ・リーグでは大橋のみ(セ・リーグでは大洋・山下大輔の8年連続が最多。山下については後述)。

 阪急時代の同僚でエースの山田久志は「大橋さんはダイビングキャッチを嫌った」と言っているが、そんな必要はなかったのだろう。肩、足、位置取りで十分なのだ。また、阪急のセンターを務めた福本豊は「(本拠地だった)西宮球場の芝を大橋さんが守りやすいようにかなり削った」と言う。それだけ深い守りだったのだが、福本はこうも言う。

「あの人、自分の番でもバッティング練習をやらんのや。『嫌いや』言うて。気がついたらいつもショートで守っている」

 大橋は自らの遊撃守備をそれこそ「偏愛」していたのである。

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