スター不在で一致団結したレ・ブルー チームで戦う賭けに勝ったデシャンの試み

木村かや子

地味なゴールで苦境から抜け出す

苦しみながらもナイジェリアに2−0で勝利したフランス。ベスト8進出を決めた 【写真:ロイター/アフロ】

「華やかなゴール? 最も重要なのは華やかさではなく、効率だ。何よりボールをゴールに入れなければならないんだよ」

 対ナイジェリア戦の前日、グループリーグでの花のある勝ちっぷりに浮かれ気味だったメディアに、フランス代表監督ディディエ・デシャンはこう言った。対ナイジェリア戦で遭遇する苦しさを予見していたようなその言葉は、試合後にいっそう信憑性を帯びる。規定時間終了まであと10分というときにポール・ポグバが決めたヘディング・ゴールは、決して華やかなものではなかったが、フランスを解放する値千金の一発だった。

 前半はほぼイーブンだったとはいえ、より鋭く、より勢いがあるように見えていたのはナイジェリアのほうだった。フィジカル的優位性を生かした中盤のボール奪取力とスピードを利用し、高めの位置でボールを奪ってはロングパスで一気に前を狙うナイジェリアのスタイルは、シンプルで一貫性がある。反対にこの日のフランスのプレーには、パスの判断ミスや相互理解のズレが、これまでになく目立っていた。

 実際、フランスが無失点で終盤を迎えられたのはほぼ奇跡に近い。19分のエマヌエル・エメニケのゴールはオフサイドとなり、他にもフランスは、GKウーゴ・ロリスのファインセーブのおかげで2、3の窮地をしのいできた。一方、GKに阻まれた22分のポグバのボレーシュートを除き、フランスの攻めは確信と正確さを欠いていた。

流れを変えたグリーズマンの投入

 長くナイジェリアの支配が続いたこの試合で、フランスが息を吹き返し始めたのは、この日、シュートの選択やポジショニングの判断力でさえを欠いていたオリビエ・ジルーに代わり、小柄だがより俊敏でひらめきを持つアントワーヌ・グリーズマンが入場したのと、ほぼ時を同じくしている。特に後半、簡単にボールを失ってはカウンターを食らい、守備に回ることを強いられていたフランスのラインが徐々に上がり、70分を過ぎたころから、フランスがようやくゴールを脅かし始めた。

 まず76分にエンドライン近くからのカリム・ベンゼマのシュートをGKがはじき、セカンドボールをヨアン・カバイェがシュート。ゴールバーに阻まれたものの、ナイジェリアは本格的に冷や汗をかき始めることになる。79分にはベンゼマのヘディングをGKがはじき、それから1分足らずで、ついに待望の先制点が生まれた。

 仕掛け人は、序盤からパスの正確さと動きのよさにおいて、前線でこの日唯一、グループリーグ同様の安定したレベルを見せていたマテュー・バルブエナだ。バルブエナのCKをGKが手ではたいたところを、ファーポスト側にいたポグバがヘッドで押し込んで、山なりの柔らかいボールがゴールネットを揺らした瞬間、長くプレッシャー下に置かれていたフランス陣営が歓喜に沸いた。

 ナイジェリアはその後もカウンターを主体に反撃を続けたが、後半の出だしと比べ、フランスが敵陣で過ごす頻度は目に見えて上がり、アディショナルタイムに、ナイジェリアの希望を断つ2点目が生まれる。CKを短いパスでプレーした攻撃で、バルブエナのクロスに飛び込んだグリーズマンを止めようとGKとDFがもつれあい、次の瞬間にはゆっくりと転がるようなボールが無人のゴール左隅へ吸い込まれた。ゴールの瞬間、グリーズマンが照れたような笑みを浮かべたのは、ボールを押し込んだのが自分でなく相手DFだと知っていたためだろう。それでもグリーズマンの飛び込みがなければ、GKが止めて終わっていたはずだ。

リベリ離脱を嘆かせない『意外性』

 より長く良いプレーを見せた者ではなく、熱い瞬間を捉えた者が勝者として去る。これはサッカー界ではよくあることだ。しかしその瞬間を捉える力もまた実力。監督デシャンの勝運を信じたくなることを別にしても、形勢を転じることに成功したフランス代表にも、褒められる点はいくつかある。

 故障のためフランク・リベリの出場が不可能となったとき、国外ではこれを痛い喪失と見る向きが多かったが、フランス国内では、「リベリなしで意外とうまくいくかも」という意見が少なくなかった。というのも、チームの花形であるリベリがいると、ピッチのスペースやマークを外した選手を探すことなく、一貫してリベリにパスが集まる傾向が生まれる。別にリベリ本人が悪いわけではないのだが、特に相手のレベルが高い場合、そのパスの偏りのせいで、人数をかけたマークにつぶされたり、読まれてパスをカットされることも少なくなかったのだ。

「困ったときの○○頼み」とできる選手がいると、純粋な意味での潤滑なチームプレーが損なわれることがある。反対にリベリのいないフランスにはこれといったスターがいないため、選手は偏りなくマークを外した仲間にパスを出すことになり、攻撃のパス回しがより効果的かつ予想がつきにくいものとなる。ひとりに頼らず、誰もが得点し得るチーム――これがグループリーグでフランスが見せた顔だった。

 実際、めまぐるしい動きで縁の下の力持ちとなり続け、大会開始時からほぼ一貫して良い働きを見せていたバルブエナ、チームの頭脳のカバイェ、またおそらくブレーズ・マテュイディを除き、各選手のパフォーマンスレベルには多少なりとも試合ごとの波があった。しかし第1戦(ホンジュラス戦)でベンゼマがよければ、第2戦(スイス戦)ではジルーが、またこの双方が悪ければポグバやグリーズマンが、といった具合に、ひとりが悪ければ別のひとりが頭をもたげる好ましい補い合いが見られたのである。

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。マルセイユの試合にはもれなく足を運び取材している。

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