若手の台頭が著しいスイスの育成事情 “名伯楽”が示す決勝Tへの確かな道筋

中野吉之伴

人心掌握術に長けたヒッツフェルト監督

手綱を握るヒッツフェルト監督(左)の存在も見逃せない。人心掌握術に長け、スイスをバランスの良いチームに仕上げた 【写真:ロイター/アフロ】

 こうした育成の中で基礎を身につけた選手が、スイスリーグで充分な経験をつみ、そこから順調に各国トップリーグへのステップアップを果たし、それを代表チームに還元している。10年のW杯南アフリカ大会では守備重視の戦い方を選び、初戦でスペインに劇的な勝利を挙げることに成功しながら、決勝トーナメント進出を果たすことはできなかった。4年前と比べ安定感が増した今回のチームは、比較的与しやすいグループに入ったことも幸いし、より攻撃的なサッカーで欧州予選を見事首位で突破した。とはいえ若い選手の勢いだけで勝てるほど甘い世界ではない。手綱を握るヒッツフェルト監督の存在がチームに確かな道筋を与えている事実も見逃せない。

 大会初戦となったエクアドル戦では、苦しみながらもアディショナルタイムに劇的な逆転ゴールを挙げて2−1で勝利。2得点とも交代出場のメーメディとハリス・セフェロビッチが決めたことで、メディアは「ヒッツフェルトの采配がチームを救った」と喜んだ。しかし彼の本当のすごさは人心掌握術にある。前半、あれだけ動きが重かったチームが後半にまるで違うサッカーを展開したのは、ハーフタイムにヒッツフェルトが「これがW杯だ」ということを再認識させ、無意識にかかっていたハンドブレーキを外させたからだ。そして解き放たれた選手はピッチ上で躍動し、見事に試合をひっくり返した。元ドイツ代表メーメット・ショルは「ヒッツフェルトは何が良くて何が悪かったかを専門的にとつとつと語り、選手にはそれが頭にスッと入ってくるんだ」とかつての恩師を絶賛していた。

決勝トーナメント進出のチャンスは十分

 フランス戦ではそのメーメディとセフィロビッチの二人がスタメン出場。活躍した2人がすぐに起用される。ヒッツフェルトの采配はシンプルで分かりやすい。序盤は積極的な動き出しと鋭いプレスの連続でフランスに攻撃を許さない上々の立ち上がりを見せた。しかし9分、守備の要スティーブ・フォン・ベルゲンが負傷で途中退場というアクシデントで歯車が狂ってしまう。動揺から落ち着きを取り戻す前にミスから連続失点。特に2失点目はキックオフ直後にベーラミのミスパスでボールを失うと、あっという間にカウンターからブレーズ・マテュイディにゴールを許してしまった。不用意にボールを失ったベーラミに責任はもちろんあるが、まだ落ち着いてもいない状態で前がかりになってカウンターを許してしまったのはチームとして不用意だった。

 後半も勇敢に立ち向かったが、フランスを前に完全に力負け(2−5)。若手が台頭してきているとはいえ、ビッククラブの主力を張れるだけの選手はまだいない。組織として戦わなければ強国には粉砕されてしまう。それでも最後まであきらめずに攻め続け、見事なファインゴールで2点を返したのは次戦につながる大きな成果だろう。3戦目でホンジュラスに勝てば自力で決勝トーナメント出場を決められる。そしてそのチャンスは十分にある。

 日本はサッカー強国であるスペインやドイツ、オランダやフランスといった国々から学ぼうとしている。伝統国から学べるものはもちろん非常に多く、価値のあるものばかりだ。しかし同時に、あるいはそれ以上に必要なのは、そうした強国と常に戦い続けながら懸命に対抗策を練っている、こうしたスイスのような国から学ぶことではないだろうか。

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著者プロフィール

1977年7月27日秋田生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA−Aレベル)。SCフライブルクU15チームで研修を積み、016/17シーズンからドイツU15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。「ドイツ流タテの突破力」(池田書店)監修、「世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)執筆。最近は日本で「グラスルーツ指導者育成」「保護者や子供のサッカーとの向き合い方」「地域での相互ネットワーク構築」をテーマに、実際に現地に足を運んで様々な活動をしている。

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