全仏OPで明確化した男女の異なる現状 テニス界の世代交代は進むのか
新戦力が台頭の男子 ナダルV5に暗雲
男子シングルスで5連覇のナダル(右)と準優勝のジョコビッチ。決勝は世界トップ2による“クラシック・マッチ”となった 【Getty Images】
8日に閉幕したテニスの全仏オープン男子シングルスで、ラファエル・ナダル(スペイン)が5連覇を果たした。だが、今季のナダルは、過去にないほどに自身のプレーに疑いを抱き、パリ入りしていたことを否定しない。昨年はバルセロナ、マドリッド、そしてローマと3大会連続優勝で全仏オープンを迎えていたが、今年はマドリッド大会の優勝のみ。特に、4月のモンテカルロとバルセロナでの準々決勝敗退は、彼の過去の戦績を思えば「ナダル、全仏危うし」の声を引き起こすに十分な衝撃であった。
そうして迎えた、今年のローランギャロス。初戦勝利後の「徐々に自信を取り戻している」の言葉は、逆に取れば、例年に比べ自信を喪失していたということだろう。
“勝ち続けていれば、勝って当たり前”のプレッシャーとの戦いを余儀なくされる。
負けが増えれば、ナダル時代の終焉か……などの性急な雑音に煩わされることになる。 前哨戦での不振に加え、今季は若い世代の台頭が目立ったことも、そのような論調に拍車をかけた。マドリッド大会決勝で、24歳の錦織圭(日清食品)がナダルをギリギリまで追い詰めたこと。23歳のマイロス・ラオニッチ(カナダ)がトップ10に定着し始めたこと。そして23歳のグリゴール・ディミトロフ(ブルガリア)が、今季すでに2大会で優勝していること――。ナダルの5連覇に対する懐疑的な見方は、幾分の期待感も込め“世代交代”の機運へと一気に飛躍する。また、1月の全豪オープンで、当時世界ランキング8位のスタン・ワウリンカ(スイス)がグランドスラム初優勝を成したことも、他の選手に大きな勇気をもたらしたとラオニッチは言う。
1位のナダルや2位のノバック・ジョコビッチ(セルビア)と言えど、絶対ではない――。
そのような意識がロッカールームにまん延し、大小の番狂わせを生む土壌となった。
若手が次々に敗退 上位勢の壁崩せず
新勢力の旗手と期待された錦織とディミトロフは、そろって初戦で無念の敗退。それどころか、世界3位のワウリンカまでもが初戦で姿を消したのだ。錦織の敗退はケガによるところが大きいが、ディミトロフも「ここ数日は調子が上がらなかった」と敗戦後に告白している。前哨戦で結果を残し、なおかつグランドスラムにピークを持ってくることの困難さに、彼らは直面したとも言えるだろう。
ワウリンカの敗戦後の言葉も、興味深い。彼は、周囲からのプレッシャーがプレーに与える影響は否定した。だが、グランドスラムで優勝して世界3位になったことで、「世の中全てがこれまでと違って見えるようになった」と認めている。自分への期待値が大きくなり、練習中でもプレーに満足できないことが多くなる。試合中に思い通りに行かないと、「こんなはずではない、もっと自分はできるはずだ」との苛立ちを消せなくなる。
「僕は、まだジョコビッチやナダル、(ロジャー・)フェデラーと同じレベルにはいないということ。試合で彼らに勝つことはできるかもしれない。でも、あの地位にずっと居て勝ち続けるというのは、別次元の話だ」
ワウリンカは自身が“グランドスラムタイトルホルダー”となることで、改めて上位勢の壁を再認識したようだ。
そのようなワウリンカの状況を、自身の経験と照らし合わせて、ジョコビッチは以下のように分析する。
「僕も2008年に初めて全豪オープンで優勝した後、同じような経験をした。グランドスラムで優勝候補と呼ばれるようになり、過去にないプレッシャーや期待と直面したんだ」
またジョコビッチは、今大会で苦戦を強いられた若手についても、こう述懐する。
「ディミトロフ、錦織、ラオニッチの3人はトップになるポテンシャルを持っている。ただグランドスラムは5セットマッチで、2週間かけて行われる。また、プレッシャーや期待も普段とは異なるものだ。恐らく先述の3人は、今回キャリアで初めて、グランドスラムの優勝候補の一角と目されるようになったはずだ。これは簡単なことではなく、精神面でも大きな影響を及ぼす。これまで彼らは、才能ある若手として、その時々でベストのプレーを発揮すれば良かった。しかし、突然立場が変わったその瞬間、テニスは異なる競技となってしまうんだ」
トップ4の一角に食い込んだワウリンカも、そしてトップ10入りを果たした若手たちにとっても、今回の全仏オープンは、これまでと異なる立場で初めて挑むグランドスラムであった。
「僕の経験から言っても、その環境に慣れるには時間が必要だ」
そうジョコビッチは提言する。世代交代への地殻変動は、確かに起きつつある。だが、その動きはまだ流動的で、大地として定着してはいない。世代交代が目に見える形で表層化するまでには、まだ幾分かの時間が必要であることを上位勢が示した、2014年のパリであった。