ブラジル人が永遠に忘れ得ぬ悲しい記憶 「マラカナンの悲劇」を乗り越えて

沢田啓明

今大会でも両国が対戦する可能性はある

ブラジルには巨大なプレッシャーはのしかかる。ネイマールらは国民に歓喜をもたらすことができるか? 【Getty Images】

 フットボールでは、そしてW杯ではサプライズがつきものだ。開催国ブラジルは優勝を義務付けられており、優勝以外のあらゆる結果は惨敗とみなされる。地の利がある反面、開催国にして優勝候補という立場ゆえの巨大なプレッシャーが選手にのしかかる。

 スコラーリ監督は、選手の精神的な負担を軽くするため、国内の過大な期待をけん制する言動を繰り返している。そのやり方は開幕直前の時点では成功しているように見えるが、求められる結果が優勝しかないだけに、最後の最後まで全く油断できない。一方、ウルグアイ選手は特別なプレッシャーを感じる必要はなく、選手にも気負いは見られない。ブラジルにとっては、実に不気味な存在だ。

 グループリーグをブラジルが1位、ウルグアイが2位で突破し、それぞれ決勝トーナメントを勝ち抜くと、両国は準々決勝で対戦する。場所は、ベロオリゾンテのミネイロン・スタジアム。仮に両国がグループリーグを1位で突破し、その後も勝ち続けると、決勝で激突することになる。その舞台は、全面的に改修されたとはいえ、64年前と同じリオデジャネイロのマラカナン・スタジアムである。

 準々決勝であれ、決勝であれ、この大会で両国が対戦すれば、「『マラカナンの悲劇』のリベンジか、あるいはその再現か」と大きな話題を集めるはず。両国の意地と名誉を懸けたすさまじい試合となるに違いない。

 ブラジルが決勝でウルグアイを下して優勝することを熱望するのが、「フットボールの王様」ペレである。彼は、50年大会の最終戦をラジオで聴いていた父親がブラジルの敗戦に号泣するのを見て、「お父さん、僕が大きくなったらセレソンに入って、W杯で優勝するから」と慰め、実際に8年後、スウェーデン大会でその約束を果たしている。それだけに、かつての父親の無念を晴らしたい、という気持ちが強いのである。

決勝はアルゼンチンを望む声も聞かれる

 その一方で、「ブラジルにとって最高のシナリオは、決勝でアルゼンチンを倒して世界の頂点に立つこと」と考えるブラジル人も多い。それは、50年以降、ブラジルとアルゼンチンが南米の2強の地位にあり、ウルグアイよりもアルゼンチンに対してより強いライバル意識を抱く人が多いからだろう。

 現在のアルゼンチンは、ウルグアイ以上に手強い。リオネル・メッシ、セルヒオ・アグエロ、ゴンサロ・イグアイン、アンヘル・ディマリアの攻撃陣は非常に強力。守備には多少の弱点がありそうだが、ブラジル相手となると彼らもむき出しの闘志で立ち向かってくるから、手強い相手であるのは間違いない。

 個人的には、ウルグアイにせよアルゼンチンにせよ、たとえホームであってもブラジルが容易に勝てる相手であるとは全く思っていない。彼らはブラジルで戦うことに慣れており、地元観衆の苛烈なブーイングなどものともせず、全く涼しい顔でプレーする。ブーイングを楽しんでいるような素振りさえ見せて、観衆を苛立たせる。これは、ヨーロッパ人には到底まねができない芸当だろう。

 超満員のマラカナン・スタジアムで、はたしてセレソンが64年前の悔しさを晴らし、2億人の国民に歓喜をもたらすことができるのか、あるいは「新たなるマラカナンの悲劇」が起きて、ブラジル国民を再びたたきのめすのか。

 もしそんなことが起きたら、一体、ブラジルはどうなってしまうのだろう――想像しただけで、鳥肌が立ってくる。

マラカナンの悲劇

【マラカナンの悲劇】

 空前の巨大スタジアムで、絶後の20万人観衆が慟哭――。1950年ブラジルW杯最終戦、まさかの逆転負けで全国民が沈黙した悲劇を完全再現。
 86年末にブラジル・サンパウロへ移り住み、以後、ブラジルと南米のサッカーをレポートし続けてきた著者が、1000点余の資料と20年以上に及ぶ調査&取材が浮かび上がらせた“真実”とは?

 南米サッカーの発展から、選手達のその後の哀しき人生までを書き尽した、渾身の大河ノンフィクション、ついに完成! 人々を熱狂させるサッカーは、しかし一方で、かくも残酷なのか……。

<目次>
第一章 世界最大のスタジアム
第二章 フットボールの南米伝播
第三章 南米選手権、五輪、そしてワールドカップ
第四章 バレーラとバルボーザ
第五章 ワールドカップ前夜
第六章 ワールドカップの熱狂
第七章 マラカナッソ(マラカナンの悲劇)
第八章 マラカナッソの夜

2/2ページ

著者プロフィール

1955年山口県生まれ。上智大学外国語学部仏語学科卒。3年間の会社勤めの後、サハラ砂漠の天然ガス・パイプライン敷設現場で仏語通訳に従事。その資金で1986年W杯メキシコ大会を現地観戦し、人生観が変わる。「日々、フットボールを呼吸し、咀嚼したい」と考え、同年末、ブラジル・サンパウロへ。フットボール・ジャーナリストとして日本の専門誌、新聞などへ寄稿。著書に「マラカナンの悲劇」(新潮社)、「情熱のブラジルサッカー」(平凡社新書)などがある。

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント