内田篤人、勝利の重要性を誰よりも知る男 負傷を乗り越え、W杯のスタートラインへ

元川悦子

世界を知った南ア後の4年間

支えてくれたトレーナーやドクターのいるベンチと喜びを分かち合う内田。本大会までにコンディションをどこまで上げることができるか 【写真は共同】

 前回の10年W杯・南アフリカ大会では大会直前にスタメンから外され、ピッチに立つことなく帰国を強いられた内田にとって、この4年間は未知なる領域へのチャレンジの連続だった。所属するシャルケ04(ドイツ)では元スペイン代表のラウル・ゴンサレス(現アル・サッド/カタール)らトップ選手とともにプレーし、いきなり1年目(10−11シーズン)からUEFAチャンピオンズリーグ(CL)ベスト4進出を果たす。2試合の合計スコア1−6で粉砕されたマンチェスター・ユナイテッド(イングランド)との準決勝を通して、彼は世界のすごさを再認識した。

「CLはベスト4からだって分かった。あの時のマンUなんて、同じスポーツじゃないというか、どうやったら勝てるのかという感じ。試合をやりながら『ああ、こいつらには勝てねえな』って思いましたね。個の力もチーム力も違うし、デカイ舞台で戦い慣れている。試合の状況、点差とか時間とかを考えて、ムリしてしかけてくる時と、簡単に回して時間をやり過ごすとか、戦い方をホントによく知ってる。(ウェイン・)ルーニーなんか、ボールが回らないなって思い始めたら、引いてきてサイドチェンジしてまたボールもらって動いたりしてたし。ああいう“変態なやつ”がいるのが世界トップ。(リオネル・)メッシ(バルセロナ/スペイン)にしても、クリスティアーノ・ロナウド(レアル・マドリー/スペイン)もそうだしね」と、内田は最高峰レベルで体感したことを全身に刻み付けた。

 ドイツ最初のシーズンを筆頭に、シャルケは4年間でCL決勝トーナメントに3度参戦した。内田自身は負傷のため、今季王者に輝いたレアル・マドリー戦には出場できなかったものの、こうした経験などから世界トップ選手との対峙をごく普通の感覚で受け止められるようになった。昨年6月のコンフェデレーションズカップ(コンフェデ杯)・ブラジル戦(0−3)でネイマールと互角のマッチアップを見せたのも、日々の積み重ねの賜物に違いない。かつて岡田武史前日本代表監督から「守備力に不安がある」とネガティブな評価をされた頃の彼とは、比べものにならないほどの大きな成長を遂げたのだ。

「日本サッカーを進歩させたいなら、勝たないとね」

 これだけの豊富な国際経験値を誇る選手は、今の日本代表では香川真司、本田圭佑、長友佑都など数人しかいない。ブラジル大会で強豪と戦ううえで、やはり内田の存在は今の日本代表には必要不可欠なのだ。

「4年前は相手の国の名前や選手名は知っていても、それ以上のことは知らずにやっていた。でも今はCLやヨーロッパリーグに出ているし、シャルケにもいろんな代表選手がいるので、だいたいのレベルが分かる。準備の段階から違うと思う」と本人も語っていたが、自分たちのレベルや位置を客観視できる冷静な目を持っていることは大きい。

 実際、コンフェデ杯で3戦全敗を喫し、8月のウルグアイ戦で大量4失点(2−4)を食らい、10月のセルビア・ベラルーシ遠征でも2連敗(セルビアに0−2、ベラルーシに0−1)を喫するなど、アルベルト・ザッケローニ体制の日本代表が最大の危機に瀕していた昨年秋、内田は「自分たちはそんなに強いチームじゃない」とあえて実力を厳しく分析したうえで、きちんと対処することの重要性を強調していた。

「シャルケには、(ジェフェルソン・)ファルファン(ペルー代表)みたいにW杯に出られない選手が何人もいる。良い選手なのに自分の代表にかすりもしないとかね。自分はアジアにいるから恵まれてる。『日本はW杯が決まってるチーム』っていう目で見られるけど、やっぱりまだまだじゃないかな。ドイツでもたくさんの日本人選手がプレーしているけど、向こうのみんなからしたら『日本?』くらいなものだし、日本でサッカーを見てる人たちの意識と、僕らドイツでやってる人たちの日本サッカーの位置づけはちょっと差がある。俺らって、そんなに強くないじゃん。そこをもう1回ちゃんと見つめて、守備からしっかりやらないと。点を取られたら勝てないよ。日本サッカーを進歩させたいなら、勝たないとね」と彼は勝利への飽くなき渇望を口にしていた。

窮地で生きる冷静さと戦術眼

 ザッケローニ監督や本田や長友が言うように、日本らしいスタイルを追い求めることは確かに大切だ。それは内田もよく理解している。しかしチームというのは、つねに順風満帆というわけではない。ブラジル大会本番でも窮地に立たされることはあるだろう。そこで修羅場をくぐってきたこの男の冷静さと戦術眼がきっと生きてくる。勝利の重要性を誰よりも知る彼ならば、勝つために自分たちが何をすべきかを的確に判断し、実践できるはずだ。

「今までやってきた4年間を無駄にはしたくない。ケガをしていろんな人に助けてもらった分、勝ちたい気持ちがより強くなりました。W杯で勝ちたい理由は1つだけじゃない。自分だけのためじゃないんだなと思います。そういう意味で、やっぱり4年前より責任感があるのかな」と彼はしみじみと口にしていた。

「だからといって、特別に意気込むのではなくて、普通にやればいい。CLとかもすごいレベルが高かったし、普通でいいと思います」と言うように、内田はあくまで自然体で2度目のW杯に挑むつもりだ。前回大会では立てなかったピッチで自分の持てる力をいかんなく発揮するためにも、米国合宿のコスタリカ、ザンビア戦で90分戦い抜けるコンディションを作ることが先決だ。今はとにかく、残されたわずかな時間を最大限に有効活用してほしいものである。

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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