フランスは反逆の歴史を断ち切れるのか? 未来に賭けるデシャン監督の決断

木村かや子

以前から反逆はあったが……

かつて、記者と衝突する事件を起こしたナスリ。デシャン監督も「大きな才能を持った選手」と賞賛しているが、メンバーから外すことを決断した 【Getty Images】

 振り返れば、問題を起こしてフランス代表から排斥された選手は、彼らが初めてではない。最初に思い浮かぶのは、アンリ・ミシェル監督を批判して代表から外されたエリック・カントナだ。その後、プラティニ監督時代に代表へ復帰したカントナだが、マンチェスター・ユナイテッドでのカンフーキック事件(暴言を吐いた対戦相手のサポーターに飛び蹴りを食らわせた)で再び出場停止に。謹慎がとけたとき、ジダンをはじめとする若い選手でチーム再建を図っていたエメ・ジャケは、未来に向けカントナなしで進む道を選んだ。

 しかし、当時のカントナの常軌を逸した行動は、彼の奇異なキャラクターゆえの特殊なケースと見られており、ここ4年の状況とは受け取られ方が全く違った。何よりカントナはピッチ上で類まれな才能を輝かせて活躍した実績の伴う選手であり、監督批判に関しても、メディアの前で采配を非難したという類のものだ。当時のチームメイト、ダビド・ジノラへの批判も、プレー内容に関したものだった。

 カントナの監督批判が気骨ある一風変わった天才の反逆とみなされたとしたら、W杯・南アフリカ大会以降の事件は、反逆と呼ぶ価値もない、“成金で傲慢なチンピラたちのわがまま”と受け取られた。あらゆる意味での学校教育の劣化、移民系の若者の不品行という、現フランスの非常にデリケートな社会問題が、過剰反応を呼び起こしたとも言えるし、おそらくその言い分が部分的に正しく見えたからでもあるだろう。

 そのせいで、ユーロ2012の成績がスペインに敗れての準々決勝敗退と、実力に照らせばそこそこ納得できるものだったにも関わらず、ブラン監督は辞任の道を選んだ。そしてその後を継いだのが、よりわがままを制圧する強さを持った男、ディディエ・デシャンだった。

なぜ謀反は起きるか、また再発するのか

 欧州他国のフランス人評に出てくる言葉には、傲慢、個人主義など良くないものも多いが、ラグビーなど他のスポーツではこのような問題が起きていないことから見ても、反逆は“国民性”という言葉で片付けるのは安易だろう。移民でも古い世代は礼儀があるといわれるが、次世代の移民が多いことからくる愛国心の薄さ、民族間の気質の違い、また前述の若い世代の礼儀の欠如の問題も、多少は関係しているかもしれない。

 一方、やはり他国のフランス人評の中に、「フランス人にはムチしか効かない」というものがある。そのココロは、甘い顔を見せればつけあがり、強い態度で導かれれば強者に従う、というものだ。ジダン復帰時の代表がまとまりを見せていたことから見て、その言い分も一理ある。そして、現チーム内にこれといった精神的リーダーがいないなか、今その役を務め得るのは、デシャン監督しかいない。

 一見すると自信ありげながら、実は采配面で確信を欠いていたブランとは違い、デシャンは、良かれ悪しかれ、その試合で何をやろうとしているかについての明確な考えを持つ監督だ。そして何よりわがままを許さない、より厳しい姿勢をとる強さを持ち、同時に選手への思いやりを持つ男と信じられている。結局は個の才能を信じて人選を行う傾向のあったブランとは裏腹に、デシャンはチームの全体的なバランス、試合前の調子をもとに決めるという定評もあった。

 ここでわくのは、来るW杯でもここ4年の黒い反逆の歴史が繰り返される可能性はあるのか、という問いだが、選ばれたメンバーを見た限り、その可能性は極めて低そうに見える。裏を返せば、デシャンはそのような事態を起こしかねない危険分子を外したメンバー構成を選んだ。そしてそれはまた、ピッチ上での現実を映してもいる。

デシャンの賭けは吉と出るか

選ばれたメンバーを見る限り、ブラジルで反逆の歴史が繰り返される可能性は低そうだ。W杯出場を決めたプレーオフ第2戦のように団結した姿を期待したい 【Getty Images】

 ナスリは、当たりの日にはFKなどで試合の行方を変える才のひらめきを持つ選手であり、そのような駒を外すのは勇気のいる決断だったはずだ。しかし、選択の理由を聞かれたデシャンの答えは、極めて明快だった。

「ナスリはベンチスタートとなったとき、それを不満に感じており、チーム内で他の選手もその機嫌の悪さを強く感じ取っていた。私の元で彼はベンチスタートすることもあれば、先発することも、出ないこともあった。サミルは大きな才能を持った選手だ。しかし代表では、マンチェスター・シティで見せるレベルのプレーを見せていない。クラブでの彼は重要な選手でレギュラーだが、フランス代表では違うのだ」

 また相手のレベルが高い真剣な試合において、ナスリがトップ下に入ると、ナスリの守備的加担の少なさゆえに、上がれなくなるボランチと、トップの間が開き、チームがうまく機能しなくなるというピッチ上の問題も垣間見えていた。大量点を挙げて勝った対オーストラリアの親善試合(13年10月、6−0)では、相手のレベルが低かったこともあり、ナスリは存分に才を発揮しているように見えた。しかしウクライナと対戦したW杯予選プレーオフの第1戦(0−2)では、上記の問題が顕著に露呈。そのためデシャンは第2戦(3−0)でナスリを外し、良いチームプレーを生み出すことに成功していた。

 選ばれたMFの面子を見れば分かるとおり、デシャンはプレーオフ第2戦で成功した3ボランチ・システムの起用を基本形とすることをほぼ決めており、指揮官が攻守に尽力できるMFを必要としていることは極めて明らかだ。それ以前に、選ばれた面子は元来チームプレーの姿勢を持つ選手が大半を占め、謀反を起こしそうな危険分子は今のところ見当たらない。

 W杯・南アフリカ大会で戦犯の筆頭とされたリベリは、以来、国民の代表離れと自分の行為を心から悔いているように見え、ピッチの上では常に全力を尽くしている。ビッグマウスで問題を起こしがちなエブラも、モナコ時代からの関係ゆえ、デシャンに特別な敬意を払っており、彼には頭が上がらない。予備メンバーに若手を多く入れたのは、控えになっても文句が出にくいことに加え、母国開催のユーロ2016を視野に入れての、計画的な選択であるようにも思える。

 それでも、いざというときに試合の流れを変えうるナスリのような天才肌の男をベンチに持てないというのは、いち監督にとって残念なことではあるだろう。しかし協会は今や、フランスが醜聞なくピッチの上で立派に戦い抜き、世界に良い印象を与えることで汚名まみれの時期から完全に脱出することの方を、成績以上に重視している。一方デシャンは、当然ながら全力を尽くして良い成績をあげることを目標としているが、ベンチになったからと不満を露にし、ロッカールームの空気を汚染させる者は、チームのプレー面にも害を与えると信じているようだ。

 デシャンの賭けが吉と出るか凶と出るかは神のみぞ知ることだが、難しい決断を果敢に下せるデシャンは間違いなく勇気と信念のある監督だ。スーパースターはいなくとも、優勝を狙えなくても、ピッチ上で持てる力を出し切って全力で戦う、まとまったチーム――それが、彼が目指しているものであるに違いない。

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。マルセイユの試合にはもれなく足を運び取材している。

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