錦織圭が戦っていた見えざる敵 1時間57分で幕を閉じた全仏

内田暁

トップ10”として初のグランドスラム

錦織にとって最大の不安材料だったサーブが第1セットの行方を決した 【Getty Images】

「新しいケガがなく、試合を終えられたことがうれしい」

 それが、錦織圭(日清食品)が全仏オープン(パリ・ローランギャロス)1回戦の戦いを終えて、最初に発した一言だった。

 6−7(4)、1−6、2−6のスコアで喫した、今季クレーでの2つ目の黒星。5月26日、“トップ10プレーヤー”として迎えた初めてのグランドスラムは、冷たい小雨が背を打つ中、1時間57分で幕を閉じた。

 錦織の対戦相手のマルティン・クリザン(スロバキア)は、今季クレーで11勝3敗と好調の選手である。優勝の実績と自信をひっさげ、肩で風切りパリに入っていた。 
 対する錦織も、今季はクレーで10勝1敗の圧巻の勝率を誇っていた。だが2週間前のマドリッド・オープンでは、腰や左ふくらはぎに負傷を負い、決勝戦で途中棄権。翌週のローマ大会は欠場して回復に専念したものの、「ポイント練習を一回もできず、ダッシュすら試していない」状態だった。サーブも2週間ほとんど打てず、試合でのぶっつけ本番。
「彼(クリザン)も強かったです。この状態では、勝てない相手だったのかなと思います」というのは、偽らざる思いだろう。

第1セットを失い、決した勝負

 朝方からパラパラとこぼれる雨のため、予定よりも1時間20分遅れて始まった試合。その立ち上がりから、錦織の動きが本来のそれに程遠いのは明らかだった。

 この試合での最初のポイントは、錦織のダブルフォールトで相手に献上したもの。ボールを追う足の運びはどこか恐る恐るで、特に左右に振られた時に切り返しの動きができない。一見、ボールに追いつき打ったように見えるショットも、少しずつポジションへの入りが遅れているため、あるいは踏ん張りが十分でないため、ミスになることが増えていく。最初のサービスゲームを落とし、相手に2ゲーム先行される苦しい立ち上がりとなった。

 それでも錦織は「試合に入ったら、思ったより痛みがなかった。1〜2セットは、試合になじむまで時間がかかるかなと思ったけれど、意外と痛みを我慢しながらでもできた」という。その言葉どおり、万全には程遠いながらも動きは徐々にスピードと躍動感を増し、すぐさまブレークバックに成功する。
 ゲームカウント3−3の場面では、決まったと思われた相手の強打を、ひっかけるようにバックハンドのスライスで返し、ウイナーにする離れ業で、観客の感嘆の叫びを誘った。続くゲームでも、再び相手ゲームをブレークして5−3とリード。サービスゲームをキープすれば、第1セットを奪うところまでこぎつけた。

 だがこの緊迫の場面で、最大の不安材料だったサーブが、掌握しかけた流れを止める。2つのダブルフォールトでブレークを許し、再び並走状態に。最終的に、タイブレークの末に第1セットを錦織が失った時、ナンバー1コートの観客は、波乱の予感に色めき立った。強者に立ち向かう“アンダードッグ”を、フランスの観客は往々にして愛する。

「第1セットを奪ってからは、自分の方が良いプレーができた」
 クリザンも「試合の鍵だった」と振り返るこのセットが終わった時、実質的な勝負も終わっていただろう。第1セットを終えた時点で、試合開始から既に約1時間が経過していた。体調が万全ではなく痛みがある中で、このタフな相手から3セットを奪い返さなくてはならないのは、あまりに厳しかった。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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