世界ランク1位の競歩エースが描く青写真 近付くメダル獲得に広がる夢

折山淑美

メダル獲得目指し、自らの常識を払しょく

エースとしての自覚も芽生えてきた鈴木。後輩の憧れとなるような美しいフォームで歩きたいと目を輝かせる 【スポーツナビ】

 そこで取り組んだのが、スピード練習ならこのくらい、長距離ならこのくらいと思っていた自分の常識を払しょくすることだった。18分半を出すには、この時期にこのペースの練習をしておかなければいけない、と逆算して取り組み始めたのだ。

「でも最初はがむしゃらにスピードを追求して疲れ、調子を崩すことも多かったですね。だから、ロンドン五輪もただ経験しただけで、得るものはない大会に終わりました。徐々にその練習が普通にできるようになり、去年は日本選手権でも1時間19分02秒の日本記録を出せました。その後の能美(=全日本競歩能美)の1時間18分34秒は、何だか分からないけど好調で出てしまった記録ですが、それからモスクワ世界選手権へ向けては、後半でスピードを上げることを意識した練習をしたんです」

 それまでの鈴木は前半型でもあったために、後半のスピードアップは試合で経験したことのないパターン。だから練習で無理やり経験するしかなかった。途中でペースを変えてみたり、ロンドン五輪での先頭集団のレースパターンを10キロ程度に縮小し、国際大会の先頭集団をイメージして、歩く練習もした。だがレベルの高い練習だったために疲労が溜まってしまい、ランキング1位で出場した8月の世界選手権では、調子を落としていて「メダルか、惨敗か」という一か八かのレースをするしかなかった。

「結果は12位だったけど、昨年のモスクワ世界選手権は、それまでの過程を経験できたという面では本当に得るものが多かった大会ですね。あの時の練習は100〜120パーセントの力でやっていました。練習で100パーセントの力を出すのも楽しいものだけど、結局はレースで結果を出すためのもの。だから、それからは練習でも、腹八分目で抑えられるようになったんです。ただ、練習では1キロ4分前後のペースを余裕を持ってできるように意識しているけど、レースの時それ以上のスピードを出せるかが不安でした。でも、今回のワールドカップでは終盤に2キロ7分40秒のペースにも対応できたから、それがすごく自信になりました。今回のようなレースをできれば、メダルを狙いに行った上で、悪くても入賞は確保できると確信しましたから。そういう気持ちがあれば、安心感を持ってレースに臨めるアドバンテージも持てると思います」

きれいなフォームで結果を出すのも重要な役割

 条件がよければ1時間17分台も狙える確信もできたという鈴木。当面の目標はアジア大会(9月、韓国・仁川)で今回のワールドカップ2位の蔡沢林ら中国勢に勝利することだ。さらにその先には、来年の世界選手権(中国・北京)での金メダルも視野に入れる。
「僕の青写真としては、17年の世界選手権まで20キロをやって、その後は50キロに転向して東京五輪でメダルを狙うことです。だから、来年の世界選手権で優勝すれば、17年はワイルドカードで出場できて、日本から20キロ競歩に4人出ることができる。それが今、力をつけている若い選手の邪魔をしない、一番いい形かなと思っているんです」

 こう話す鈴木は、エースとしての自覚も持つようになってきた。その上で強く意識するのが、速いだけではなく美しいフォームで歩くことだ。最近は若い選手の中に、「このくらいなら失格しないから」と若干荒れたフォームでも納得するような選手もいると懸念も抱く。

「一緒にレースをする選手同士でもしっかり見ているから、例え優勝しても『あの選手は走っていたよね』といわれるのは嫌ですね。みんなに『すごくきれいなフォームだった』と言われて優勝するのが理想だし……。その点、僕は沿道にいる一般の人がきれいだとか汚いと判断する基準が、結構正しいと思っているんです。だから、見ている人みんなに『きれいだった』と言われるフォームで1位になるのが一番の夢ですね。それに僕は、中学生の時にジェファーソン・ペレス(エクアドル、1996年アトランタ五輪優勝。03、05、07年世界選手権優勝)のフォームを見て憧れを持ちました。だから、中学生や高校生にも憧れられるようなフォームを見せながら結果を出すことも、自分の重要な役割だと思います」

 できれば東京五輪は東京のど真ん中で競歩レースを開催してもらい、より多くの人に競歩の面白さをその目で実感してもらいたいという鈴木。メダルが確実に見えてきたからこそ、競歩をメジャーにしたいという夢も、さらに広がってきた。

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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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