「トップ10」が証明する錦織圭の進化

内田暁

「トップ10」は一流の代名詞

世界ランキング9位に入った錦織圭。「トップ10」の壁を打ち破ることができた要因は!? 【原田亮太】

「10」という数字には、不思議な魔力がある。
「10指に入る」とはどの世界においても真の一流を指す言葉だし、「完全で欠点がないこと」を意味する「十全」や「十分」のように、10にはごまかしのきかない高潔な意味合いもある。 
 テニスに関して言えば、クルム伊達公子(エステティックTBC)が初めて世界ランキングトップ10に入ったころを、「当時はプリントアウトした紙の束でランキングが発表されたので、自分の名前が、すぐ目に入る一枚目に載っているのが嬉しかった」と回想したことがある。もっとも彼女はその後、「嬉しかったのは最初だけで、その後は地位を守るのに必死になった」とも続けているが……。
 
「トップ10」はテニスの世界においても間違いなく、掛け値なしの一流の代名詞だ。また、プレッシャーなどの外的要因も含め、そこを越えられるか否かは、選手のキャリア全体に影響を及ぼす大きな分岐点となることも多い。

 現実的に言えば、11位と10位の間に、何も特別な違いなどないはずだ。だが錦織圭(日清食品)は昨年6月、ランキング11位に達したところで、存在しないはずの壁にぶつかった。
 世界中のメディアから向けられる「トップ10に、いつ入れると思うか?」との問い。
「自分にその力があるのだろうか?」という疑念――。
 単なる数字上の区切りにすぎないはずの「10」が、周囲の期待や本人の意識、そして他の選手から標的にされるという“環境”によって特別な意味が付与され、現実的に恐ろしいマジックナンバーへと変容する。昨年の錦織が戦い屈したのは、そんな異様なる相手だった。

 そのような苦しい経験があってなお、錦織は今季、再び「トップ10入り」を目標として公言してきた。「数字は後からついてくる」と、うそぶくことなくあえて口にしたところに、錦織の今季にかける並々ならぬ覚悟が感じられた。

 ところが、である。その目に見えぬ高き壁を、錦織は11日に閉幕したマドリッド・オープン(スペイン)であっさりと越えて、12日発表の最新ランキングで9位に浮上したのだ。それどころか、今の錦織のプレーは、トップ10という数字に固執するのも的外れと思えるほどに、高いレベルに達している。いや、マドリッドだけではない。その2週間前に優勝したバルセロナ・オープンも、あるいはロジャー・フェデラー(スイス)を破りベスト4に進出した3月のソニー・オープンでも、錦織はトップ10にふさわしい地力を発揮し、勝利を重ねた。逆説的な物言いではあるが、トップ10にこだわり、己を追い込んできたことで、彼はそのはるか先に行く力を身に付けたようである。

ナダル相手に無理なくラリーを支配

 マドリッド・オープン決勝の対ラファエル・ナダル(スペイン)戦は、最終的には第3セット途中ででん部等の痛みのため棄権したが、第2セット途中までは、今季の錦織の強さの見本市のような内容だった。

 何より大きいのが、力強さとバリエーションを増したストローク。今の錦織が格別なのは、特別なことをせずともポイントが取れる点にある。

 グランドスラムで13、マスターズは実に27のタイトルを誇るナダルの強さの根源は、あらゆるボールを拾う驚異のフットワークと集中力、そしてスピンをかけた重いボールで、相手の体力やパワーを確実に削っていく点にある。そんなナダルと錦織は昨年の全仏オープンでも対戦している。その時は、錦織も「ナダルのボールの重さと、どんな球も拾う強さを感じた」と認めている。さらには「リスクを取って攻めたが、決まらないと続けるのが厳しかった」と、無理して攻める中で、精神的にも追い詰められていたことを明かしていた。

 だが、そのナダル相手に錦織は、もはや無理をせずとも、ラリーを支配するまでに強くなった。マドリッドの決勝では、得意の逆クロスでナダルのフォアサイドを攻め、バックサイドには、コートの幅を目いっぱいに生かした鋭角なショットを打ち込んだ。しかも、それだけ攻めているにもかかわらず、第1セットでは錦織のアンフォーストエラー(自ら犯すミス)は、ナダルの12を下回る9。錦織は今季の自身の成長点を「ストロークの安定感」と「サーブの向上」だと繰り返してきたが、ストロークは単に安定しているだけでない。早いタイミングで捕えて強打を鋭角に打ち分けてもなお、ミスを犯さぬ安定感である。

「昨年もかなり良くなったと思うが、今年は去年とはまた全然異なる感覚。より攻撃的なテニスになり、左右どちらのサイドからも攻めていける」
 そう言えるまでに今の錦織はストロークに自信を持っており、ゆえにテニスに迷いがない。

1/2ページ

著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント