自然体の桐生祥秀が貫く高校の恩師の教え 潰さない育成で残された大きな伸びしろ

高野祐太

最年少9秒台スプリンター誕生に待望感

最年少での9秒台ランナー誕生に期待が懸かる桐生だが、ゴールデングランプリ東京では5位に終わった 【Getty Images】

 自戒の念も込めていうと、本当は、いつ出るか、もう出るかとあんまり戦々恐々とするのは良くはないのである。
 陸上競技の男子100メートルで日本人が史上初の9秒台を出すかもしれないという話題。最有力候補として期待が懸かっているのが、“ジェット桐生”こと桐生祥秀(東洋大)で、18歳の彼の両脚が、人類史上最年少での夢の記録をいつ生んでもおかしくない。そう待ち構える雰囲気も盛り上がっている。

 だが、当の本人は「いろんな人から9秒台と言われるんですが、9秒台を求めて狙うよりは、自分が楽しく、しっかり走って、その後の結果が9秒台だったらいい」と、10代の若者らしからぬ冷静さでひょうひょうと構えている。何とも頼もしい。その言動からは、捉えどころのないものに踊らされぬよう、地に足を着けていこうとする意思が感じられる。目指すはこれまでの歴戦の日本人が誰一人達成できていない難題な訳で、意識しすぎるのはあまり体に良いとは思えない。

成長の糧を受け取った春季2レース

 春季レースを一通り終えて、桐生にとっての山場は2度あった。昨年、10秒01を出してブレークすることになった高速トラックの織田記念(4月29日、広島市・エディオンスタジアム)と、ロンドン五輪銅メダルのジャスティン・ガトリン(米国)や白人初の9秒台スプリンターであるクリストフ・ルメートル(フランス)ら大物との激突を果たした11日のゴールデングランプリ東京(国立競技場)だ。結果は、いずれも9秒台には届かなかった。だが、その代わりに、成長のための糧はたくさん受け取ったようだ。

 織田記念の予選では、課題を持つスタートではっきりと出遅れ、右太ももの裏に違和感が出てから終盤を流した。それにもかかわらず、中盤の爆発的な加速によって10秒10という自己記録に次ぐタイムを出した。“もしスタートで遅れず、終盤で問題が生じなければ”と考えると、十分に驚くべきタイムということになる。決勝は大事を取って棄権したが、大きなケガには至らなかった。

 一方のゴールデングランプリは、世界の厳しさをまざまざと見せ付けられたレースだった。桐生いわく「思った以上に早く」30メートル付近で並んできたガトリンは、桐生が得意のはずの中盤で追いすがることさえ許さず、圧倒的な加速力を見せ、一気にその背中は遠のいた。3.5メートルという強い向かい風の条件下で、ガトリンが10秒02で優勝。ルメートルも10秒31で3位になだれ込み、桐生は10秒46の5位に終わった。

 それでも、桐生は「世界のトップと一緒に走ってみて得られる部分が多くて、こういうのが違うなと少しは理解できたと思います」と収穫も口にし、「欲を言えば全部変えたいです。(スタートからラストまで)全部、もっと速くなりたい。スタートだけ速くなっても、後半に抜かされたら意味がないので」と、レベルアップへの強い意欲を見せた。

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著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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