自然体の桐生祥秀が貫く高校の恩師の教え 潰さない育成で残された大きな伸びしろ

高野祐太

ずば抜けた才能を潰さず育てられた高校時代

洛南高時代からずば抜けた才能を持っていた桐生。指導した柴田監督は、将来を見据えて伸びしろを残す育成を貫いた 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 こうなってくると、気が急(せ)く陸上ファンからしたら、やっぱり9秒台が待ち遠しいと思うのが素直な心情に違いない。今出なかったのであれば、近い未来に出るのかどうかがやっぱり気になってしまう。

 そのあたりを推し量る材料として注目しておきたいのが、桐生の高校時代の過ごし方だ。そこからは、伸びしろ十分の桐生の将来性が見えてくる。京都・洛南高での3年間を指導した柴田博之監督は、当初から桐生のずば抜けた才能に気づき、それを潰さないように育てることが何より大事だと肝に銘じたのだという。

「未完成な部分は多かったのですが、動きの速さは今までの高校生のレベルでは見たこともないようなもので、いわゆる特殊性を彼は持っていました。そこで注意したのが、成果を急いだトレーニングに含まれる、個人の特殊性を消失させてしまうリスクを慎重に取り除くことでした」

 柴田監督は、桐生を「柔らかい動きではなく、地面反力(上から地面にかけた力に対する、地面からの反力)を重心にぶつけて体全体で突き進んで行くタイプ」だと分析。走路に数歩分の間隔で目印を置いた“ミニハードル走”というメニューを多く取り入れ、高速で移動していく重心を、地面に乗り踏み込むタイミングにピタリと一致させる動きに磨きを掛けた。

 また、「手っ取り早く結果を出せる」ウエートトレーニングは多用せず、冬場はごく軽い鉄のシャフトを持ちながらのサーキットトレーニングを繰り返した。これは地道で泥臭く、とてもつらいものだった。
「遠回りでも、将来にわたって伸びることができる方法を取るべき」という柴田監督の方針が揺らぐことはなく、「例えば、うちでは朝練習で腕振りをやらせているんですが、桐生が10秒01を出した後も、それを変えることはしませんでした。世界トップの高校生が中学1年生しかやらないようなことをやるなんて、信じられない光景だと思うんですけどね」と笑う。高校時代には、肉体面も精神面も含め、成長段階に見合った基本的な練習をするのがいいという考えに基づくものでもあった。

 桐生自身も指導方針にフィットした「ナチュラルな高校生」の考えの持ち主だった。
「高校生らしく、インターハイで総合優勝したいとか、リレーが一番楽しいとか。桐生を特別視しない素晴らしい仲間とワイワイやれたとか。そういうナチュラルさが大きいと思いますね」(柴田監督)

 事実、桐生はゴールデングランプリの戦いを終えて、“フルモデルチェンジ”のための取り組みとして、こんなことを口にした。
「大学っぽいメニューにプラスして、高校1年でやっていたような基礎練習をやってみる価値があると思う。基礎は積み上げたら積み上げた分だけ強くなるから。そこからいろいろつなげていきたいです」

物事には踏むべき順番がある

 すぐにでも9秒台に到達できれば、それに越したことはない。けれども、桐生というスプリンターの原点を概観してみると、性急に9秒台を狙っていくリズム感は相いれないのかもしれない。ゴールデングランプリの前日会見で、9秒台への決意に言及した桐生は「自分自身が楽しく走らないと自分の陸上に意味がないと思っています。自分はまだまだ若いですから、これから先、10秒台の壁を破ることをあまり深く考えず、出るときは出ると思って走っていきたいと思います」と、きっぱりとした口調で語った。

 そして、柴田監督の「本人の感覚でよくなったから、それがすぐ期待される数字に直結するのかというと、そこは非常に難しいところで、6年後の東京五輪を考えても、右肩上がりにずっと行く訳じゃないと思う」という言葉が、物事には踏むべき順番があって、それでいいのだということを教えてくれている。
 それは、このような内容で結ばれた。
「絶対に伸びることだけやるのが正しいのではなくて、向こう見ずなことをやって向こう傷ができて、それを繰り返す。何が正しくて何が間違っているのかという取捨選択をする能力が年齢と経験とともに出てきた時が、本当の円熟期になるのでしょう。今はまだ記録の変動があってよい時期であって、自分で手探りでやることが糧になるのではないかと思うんです」

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著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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