記録より記憶に――V6王者・山中の不満 貪欲さ+神の左で辰吉らに並ぶ存在へ

船橋真二郎

4度のダウンでTKO勝利にも不満

9回TKO勝利を挙げた山中は5連続KOで6度目の防衛に成功した 【t.SAKUMA】

 すでに1ラウンドで、相手の戦力のおおよそは把握できていたのだという。WBC世界バンタム級王者・山中慎介(帝拳)の代名詞となった“神の左”がその威力を存分に発揮するための距離、間合いはもちろん、同級3位の挑戦者、シュテファーヌ・ジャモエ(ベルギー)との実力差も嗅ぎ取っていた。

「気持ちは強かったが、頑張るだけの選手。もっと早い段階で仕留めなければいけない相手」
 だからこそ、合計4度のダウンを奪っての9ラウンドTKO勝利にも、まず不満が口をついた。「一発当てて、効かせた後のまとめ方に課題が出た試合。左の一発に頼り過ぎて、上体が流れて三発、四発と連打が続かなかった。バランスの悪さが出ました」と。その上で「もっと早く詰めて仕留められないようでは、まだまだ人気は出ないと思うし、行くところで行かないと見ている人の心をつかめない」と話す。その言葉の延長上には、1週間前の公開練習で表明した「強さという面では自信はあるんですが、歴代の王者の方々と比べたら、まだまだ記憶に残っていないと思うので、皆さんの記憶に残るパフォーマンスを続けていきたい」という決意がある。

左を当てる距離を早々に掌握したが…

開始早々から“神の左”を当てる距離を掌握したという山中 【t.SAKUMA】

 先制のダウンは鮮やかだった。2ラウンド、左ボディストレートでジャモエの意識をボディに散らした山中は「目線で下にフェイント」をかけておいて、左ストレートをガードの間から顔面に突き刺した。「人一倍、蹴る」と浜田剛史・帝拳プロモーション代表が言う蹴り足(左足)から生まれる下半身の力を拳に伝え、手首を内旋してねじ込むのが山中の左。つまり、踏み込む距離の確保が大切になるが、山中は早くもこれを掌握してしまった。ジャモエのような前に距離を詰めてくるファイタータイプは「自分が追うより正直、やりやすい」とも話していた。一方的な展開になるのは必然と言えた。

 だが、早々にダウンを奪ったことで「狙い過ぎた」と山中。加えて世界王者になってからは初めての関西凱旋試合。大阪城ホールには地元・滋賀県湖南市から3500人もの大応援団が駆けつけている。「冷静でいようとしたが、力みはあった」というのも無理はない。また、右フックを振ってくるジャモエに対し、「左ストレートから右フックを返そうとすると、危ないタイミングがあった」という判断から返しの右を手控えたことで左への依存度が増し、より左に力みが生じる要因になったのかもしれない。それでも、ほとんど左ストレートの上下の打ち分けだけで山中は試合を終わらせた。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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