長谷川穂積はなぜ打ち合いに応じたか!?=対応しきれなかった王者の強打

船橋真二郎

サウスポーの死角から狙い打たれるパンチ

3階級制覇を狙ってIBF世界S・バンタム級タイトルマッチに挑んだ長谷川穂積だったが、7回TKO負けを喫した 【t.SAKUMA】

「あのダウンがすべてやったかもしれないですね。結構、ダメージがあったので、あとあと響いたのかなと……」
 山下正人・真正ジム会長が振り返ったように、2ラウンドのダウンが試合を決定づけたのは間違いない。だが、挑戦者として3年ぶりに世界戦のリングに上がった元2階級制覇王者の長谷川穂積(真正)から、往時の輝きが失われていたことも目を背けてはならない現実だろう。

 1ラウンド、長谷川は距離を取り、王者の入り際、右フックの打ち終わりに左を合わせ、サイドに回る。一見、好調だった立ち上がりだが不安はあった。2度、3度と、嫌なタイミングで左フックを合わされたのだ。このサウスポーの死角から狙い打たれるパンチに長谷川は対応しきれていなかった。

 隆々とした上体を誇る短躯のIBF世界スーパーバンタム級王者、キコ・マルチネス(スペイン)のパンチは脅威だった。1ラウンドが終わり、コーナーに戻った長谷川は「(マルチネスの)パンチが硬い」と山下会長に告げていたのだという。試合後も「ジャブ一発にしてもパンチが強かった」と振り返っていたという長谷川にとって、最も避けるべきはリスクの伴う打ち合いだった。それでも2ラウンド、ロープに詰まった長谷川はマルチネスの強打に煽られるように危険な打ち合いに身を投じていった。

不用意な被弾…ディフェンス勘の衰え…

2Rにダウンをした長谷川だったが、3Rは左ボディを突き刺して展開を立て直しかけたが……。 【t.SAKUMA】

 試合を動かしたのは、やはりマルチネスの左フックだった。これをまともに食った長谷川の動きが一瞬、止まった。なお、打ち返す長谷川をマルチネスの畳みかけるような左右のフックが捉えると、長谷川は力なくキャンバスに倒れ込んでいった。
「本人がどうしても打ち合いたい性格やから。パンチを外す練習はずっとしてきたんやけど……」(山下会長)
 10連続防衛を誇ったWBC世界バンタム級王者時代、打たせずに打ってきた名手がパンチを外せない。2010年4月、当時のWBO同級王者、フェルナンド・モンティエル(メキシコ)に真剣で斬り合うような緊迫の攻防の末、4回終了間際、強烈な左フックをきっかけに連打を浴び続けてTKO負け。5年間、守り続けてきた王座から陥落して以降、不用意な被弾が目につくようになっていた。ディフェンス勘の衰えはこの試合でも突きつけられた。

 プロキャリア16年目の33歳。待ちわびた世界戦はバンタム級、フェザー級に続く3階級制覇がかかっていた。だが、2月の発表会見で「ひとつ目は若さと勢い、二つ目は(亡くなった)母親のためだったので、三つ目は自分が本当に強いのか、マルチネスに挑戦して知りたいと思っている」と語っていたように、何よりボクシング人生の集大成と位置づけてきた試合だった。前日計量の後、長谷川はこうも話していた。
「ボクシングが好きだということを練習で再確認できた。その気持ちをぶつけられればいい。まず、自分自身が満足すること。その結果として勝利がついてくれば」
 まさに気持ちをぶつけるような打ち合いでもあった。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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