羽生、“耐えて”つかんだ逆転優勝=澤田亜紀の世界フィギュア男子解説

構成:スポーツナビ

SP3位から優勝をつかみ取った羽生 【坂本清】

 フィギュアスケートの世界選手権第3日は28日、さいたまスーパーアリーナで行われた。男子フリースケーティングでは、ソチ五輪金メダルの羽生結弦(ANA)が、フリー191.35点、合計282.59点で初優勝を飾った。羽生はショートプログラム(SP)3位からの逆転V。
 2位はSP首位で世界選手権初出場の町田樹(関大)。フリー184.05点、合計282.26点で、羽生に0.33点及ばなかったものの自己ベストを大きく更新した。3位はソチ五輪4位のハビエル・フェルナンデス(スペイン)でフリー179.51点、合計275.93点。3週間前に今大会出場が決まった小塚崇彦(トヨタ自動車)は、フリー152.48点、合計238.02点の6位だった。

 五輪1カ月後の今大会。各選手の戦いぶりを、元選手の澤田亜紀さんに男子シングルを解説してもらった。

羽生、今季初めて4回転サルコウ着氷

 羽生選手はSPでは珍しい失敗をして、今日は久しぶりに追う立場でのフリーでした。今シーズン最後の大会ですべてを出しきろうという気持ちが伝わってきましたね。冒頭の4回転サルコウは着氷でこらえていましたが、よく耐えたと思います。スピードが出ていたり、高く浮いてしまったときなどに“こらえた”体勢になることがあるのですが、足首とひざの柔軟性を使って持ちこたえていました。この冒頭の4回転サルコウは、今季ずっと失敗していたので、今日は決めようという強い気持ちで臨んだんだと思います。
 それから2つ目のトリプルアクセルがこらえた形になっていましたが、その後は曲の盛り上がりとともにジャンプをバシバシと跳んでいました。SPは少し、「五輪王者だから」という気持ちが出たのか、守りに入った印象もありましたが、FSは攻める演技ができていたと思います。
 採点表を見ると、3回転フリップにエラーエッジの「e」マークが付いています。エラーエッジが付くとマイナスを付けないといけないのですが、その後のジャンプがきれいだったらそれはそれで評価されるので、ジャンプ自体で少しリカバリーされた部分もあるかもしれません。それから3回転ルッツからの3連続ジャンプは、ルッツを着氷したところで詰まり気味になって、そこから1回転ループと3回転サルコウを付けました。普通はあの状態になったら連続ジャンプを諦める選手もいますが、逃げずに攻めていました。

町田、羽が生えたかような『火の鳥』

町田はきん差の2位。初出場で銀メダル 【坂本清】

 町田選手は、SPとFSとほぼノーミスの演技。もちろん優勝を目指していたと思いますが、満足のいく結果だったのではないでしょうか。五輪では緊張もあったように見えましたが、今日のFS『火の鳥』では体もよく動いていて、まるで背中から羽が生えているような軽やかさでした。後半もバテそうにないくらい最後まで滑っていました。五輪が終わって、気持ちはいったん切れているはずなんですが、すごく心も体も気持ちの入った演技でした。(演技後のインタビューでは「来年はぶっ潰しに行きます(笑)」と今回優勝した羽生に向かって宣言したが)あんまりああいうことを言うのは聞かないですし、珍しいですね。でも悔しい気持ちもありつつ、羽生選手の方が後輩なのでああいう冗談めいた言葉も言いやすかったのかもしれません。フィギュアの選手たちは、練習でもオフでも本当に仲が良くて、合宿でも1人ではご飯を食べないくらいですから。

急きょ出場の小塚 少ない準備期間、光った冷静さ

少ない準備期間で奮闘した小塚 【坂本清】

 小塚選手は後半、少しバテてしまったような感じがしましたね。補欠だったとは言え、出場することが決まったのは今大会の3週間前でした。選手はシーズンが終わると、次のシーズンへ意識がいってしまいます。小塚選手も(いったんはシーズンを終えた気持ちで)意識が完全に切れてから、気持ちを立て直してきたと思います。
 最初の4回転はSPでは両足着氷になりましたが、FSはきれいに入っているように見えました。トリプルアクセルで手を付いてしまったりしましたが、よく最後まで滑り切ったと思います。3週間で意識を戻すのって、体も心も本当にキツいんです。演技終了後はバテバテな様子でしたが、準備期間の少なさを言い訳にせずに受け止めて試合に臨んでいました。それは来シーズンへのバネになるのではないでしょうか。

 それからジャンプをミスしたらどう構成を組み立て直すかの想定は各選手していますが、小塚選手は頭の中にルールブックが入っているかのように、演技中の修正が得意な印象があります。ジャンプもそうですが、スピンでもここで回転が足りなかったから、あの場面で足そう……と言うような。今日もそういう場面がありました。中盤に入れたプログラム中2本目のトリプルアクセルからの連続ジャンプで、後半のジャンプを跳ぶ前に片足を氷に付いてしまったんです。予定外のことですが、でももし足を付いたまま2本目を跳ばないと、ルール上、トリプルアクセル1本分の得点も0.8倍に減ってしまう。だから連続ジャンプにするために少し無理やりにでも2本目を跳んでいました。結果的には連続ジャンプ扱いにはならず、得点は減ってしまいましたが冷静に判断していたと思います。

フェルナンデス、ホッとした後に落とし穴

フェルナンデス、4回転を決めるも… 【坂本清】

 フェルナンデス選手は、動きも良くて、4回転も3本跳びましたね。それで安心したからなのか、3回転ルッツが1回転になってしまったのが残念でした。3回転ルッツを跳んでいれば6点なのでもったいないです。2位の町田選手との差は6.33点なので、もしこれを成功させていれば順位も違っていたかもしれません。ただ五輪ではジャンプの回数の“跳び過ぎ”で得点が無効になるミスがありましたが、この対策もしただろうなと思いました。練習してきたとおりの内容ができたのではないでしょうか。
 フェルナンデス選手は、コミカルなジャンルと言いますか、楽しませる演技が得意です。今日の仕上がりも本当に良かったですし、あとは3回転ルッツが入れられていれば。4回転を1つのプログラムに3本も入れられる能力を持つ選手です。これが決まれば、次は表彰台の頂点に立つことだってできると思います。

 ほかには、今季限りで引退を表明しているジェレミー・アボット選手(米国)やトマシュ・ベルネル選手(チェコ)が印象的でした。アボット選手はSPでは4回転で転倒してしまいましたが、FSはノーミス。静かなクラシックの曲ですが、FSの4分半を感じさせない演技でした。音楽はシンプルな音しかないはずなのに、まるで音が聞こえてくるような。集大成の大会ですべてを表現できていたのではないでしょうか。
 得点については、技は悪くはないけど加点が付かなかったようですね。それは残念ではありますが、引退試合で、しかも世界選手権という大舞台で、ノーミスの演技ができるなんて、良い終わり方だなと思いました。やりきった様子で、うっすら涙が浮かんでいるようにも見えました。辛かったことを乗り越えたことなどを思い出していたのかもしれません。お客さんから大歓声を浴びていましたが、自国ではないのでびっくりしたかも。この様子を目に焼き付けていったのではないでしょうか。
 ベルネル選手はSPは良かったのですが、FSは疲れからかミスが出てしまいましたね。良い演技を2本そろえるのは本当に大変ですから。それでも同じ時期に大会に出ていたこともあるので、思い入れのある気持ちで演技を見守りました。

 私は引退試合ではないのですが、現役最後の全日本選手権の6分間練習で大泣きしていましたね(笑)。本番の演技の時間だけピタっと泣き止んで、終わったらまた泣いて。大ちゃん(高橋大輔選手)に笑われました。

コフトン、閻涵……成長著しい選手たち

 来季の男子は、ロシアのマキシム・コフトン選手や、中国の閻涵(ハン・ヤン)選手といった、ともに18歳の選手たちも含めての展開になるのではないでしょうか。コフトン選手は1月のロシア選手権でエフゲニー・プルシェンコ選手を破って優勝していますし、本領発揮できれば今後もっと期待できると思います。閻涵選手は今大会はジャンプが抜けてしまいましたが、今までの中国男子選手たちと違って、踊れて、ジャンプもできる選手でこれからも楽しみです。

<了>

澤田亜紀/Aki Sawada

1988年10月7日、大阪府大阪市生まれ。5歳でスケートを始め、ジュニアGP大会では優勝1回を含め、6度表彰台に立った。シニアでは2004年全日本選手権で、安藤美姫、浅田真央、村主章枝に次ぐ4位に入り、07年四大陸選手権でも4位の成績を残した。5つの3回転ジャンプを跳ぶなど力強いジャンプが持ち味。トレードマークとも言える、氷上での明るい笑顔も人気を呼んだ。11年に現役の第一線を退き、現在は関大を拠点にコーチとして活動している。
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