「誰もいないスタジアム」という衝撃 無観客試合という制裁の妥当性を考える

宇都宮徹壱

「多くのファンは無観客試合を経験していない」

浦和の原口(中央)が同点ゴール。しかしスタジアムは静寂に包まれ、選手たちも笑顔はない 【宇都宮徹壱】

 キックオフ2時間前、浦和美園駅に到着。駅の構内はまるで平日のように閑散としていた。埼玉高速鉄道の線路沿いの道を歩きながら、埼玉スタジアム2002を目指す。途中、すれ違うのはサッカーとは縁遠そうな地元民ばかり。まるで日本代表の前日練習を取材にいくような気分だ。なるほど、これが無観客試合の雰囲気というものか。

 およそ熱心な浦和ウォッチャーとは言えない私だが、今回の浦和レッズと清水エスパルスによる無観客試合については、しっかりこの目に焼き付けておきたいと思っていた。私がこの試合で確認したかったのは、ただひとつ。それは「無観客試合という制裁の妥当性」である。3月13日、Jリーグは「JAPANESE ONLY」という横断幕が人種差別であったと判断。横断幕を試合終了時まで撤去しなかった浦和に対し、けん責および国内初となる無観客試合という重い制裁を課すことを発表した。この決定について、サッカーファンの間では「妥当」とする意見がある一方で、「勝ち点剥奪のほうが効果があったのではないか」とか「なぜ清水までとばっちりを受けなければならないのか」など、さまざまな反論もあった。ここで私が注目したのは、村井満チェアマンのこの発言である。

「(勝ち点を)剥奪するというよりは、直接的にサポーターが影響を受ける無観客試合の方が、今回の本質をすべてのサポーターに伝えられると考えました」

 この無観客試合の妥当性について論じるにあたり、最も欠落していると感じるのが「ほとんどの日本のファンは無観客試合を経験していない」という事実である。スタンドに入れるのはメディア関係者のみ。埼玉スタジアム2002公園内へのサポーターの立ち入りも禁止された。日本を代表する集客力と応援の熱さで知られる浦和のホームゲームが、観客も声援もない中で行われる。その衝撃の度合いというものは、いかほどのものなのか。そしてそれは、どのように「すべてのサポーターに伝えられる」のか。それらを現場でしかと確認しておきたい──というのが今回の取材の目的であった。

「音が聞こえない」試合への猛烈な違和感

 先制したのは、アウェーの清水だった。前半19分、左CKから大前元紀がクロスを入れ、逆サイドで六平光成がシュート。浦和GK西川周作がはじくもボールは再び左に流れ、これを長沢駿が確実に詰めた。長沢はこれがJ1初ゴール。しかし、当然のことながらサポーターの歓声もなければ、得点者のアナウンスもない。そもそもこの試合は、選手紹介も、選手入場のBGMも、さらには選手交代やアディショナルタイムの音声インフォメーションも皆無だった。観客がいないのだから、当然の判断と言えるのかもしれない。が、非常に違和感を覚えたのも事実だ(もっとも、無観客試合で「ゴ−ル!」というMCが入ったとしても、それはそれで違和感を覚えただろう)。

 今回の無観客試合で、個人的に猛烈な居心地の悪さを覚えたのは、スタンドに観客がいないことよりも、むしろ「いつもは聞こえる音が聞こえない」ということであった。歓声、チャント、ブーイング、拍手、BGM、そしてアナウンス。サッカーのゲームを構成する、それらのサウンドがまったく排除されてしまうことの何と味気ないことか。聞こえてくるのは、選手やベンチからのコーチング、主審のホイッスル、そして上空を旋回する報道ヘリのプロペラ音ばかりである。

 無観客試合といえば、タイのバンコクで日本代表が北朝鮮代表と戦った、2005年のワールドカップ予選を思い出す方もいることだろう。私もあの試合は取材しているが、これほどの静寂ではなかった。というのも、VIP席には大使館関係者と思われる北朝鮮のグループが大騒ぎしていたし、スタンドに入れない日本のサポーターもスタジアムの外からニッポンコールを送っていたからだ。その意味で、今回の「音が聞こえない」試合は、これまでまったく経験したことのない異質なものであった。

 再び視線をピッチに戻す。清水の3倍近いシュートは放つものの、なかなかゴールに結びつけられない浦和であったが、後半31分にようやく同点に追い付く。右サイドをドリブルで駆け上がった関根貴大が粘りに粘ってクロスを供給。中央で待ち構えていた李忠成が中央でつぶれ、最後は原口元気が右足で押し込んだ。しかし、選手たちの表情に笑顔はない。ゴールを共に喜ぶべきサポーターが不在だったからか、あるいはこの試合の性質を鑑みて笑顔を封じていたのか。

 試合は1−1のドローで終了。勝ち点1を分けあったことで、浦和は5位のまま、清水は12位から15位に後退した。何とも微妙な結果であったが、それ以前に「音のない試合」は両チームにとっても度し難いものがあったようだ。タイムアップとなった時、ピッチ上に立っていた22人全員の表情から、晴れがましさや充実感といったものは微塵も感じられなかった。対戦相手への握手を終えると、皆足早にロッカールームに駆け込んでいく。「一刻も早く、この場から去りたい」という思いで、彼らの胸中は一致していた。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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